Sansanが目指す働き方革新「名刺管理は『人の出会い』を資産に変える」

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テレビCMでも有名な名刺管理サービス「Sansan」を提供するSansan。「名刺を企業の資産に変える」というコンセプトを掲げて名刺管理のSaaSを開発する同社に、サービスのコンセプトや自動化、AI活用の取り組みなどについて伺いました。

Sansanが目指す働き方革新「名刺管理は『人の出会い』を資産に変える」

常樂諭
取締役CISO 兼 Data Strategy & Operation Center センター長
大手SIerにてシステムの設計・開発責任者を務めた後、2007年 Sansan創業メンバーとして参画。開発部長・プロダクトマネージャーを経て、現在は名刺のデータ化やデータ分析・活用を行うData Strategy & Operation Center のセンター長を務める。機械学習を中心とした技術を活用し、世界を変える新たな価値を模索中。

名刺は営業だけでなく「全社員が共有すべき」

――貴社では「それさぁ、早く言ってよ~」のCMでお馴染みの名刺管理サービスとして「Sansan」と「Eight」を提供しています。それぞれ、どのような特徴があるのでしょうか?

「Sansan」は法人向け名刺管理サービスで、「Eight」は個人向け名刺アプリです。「Sansan」は法人向けですので、組織で名刺情報を共有することで名刺の持つ価値を最大化することを目的としています。

一方「Eight」は個人向けのサービスですので、個人の人脈の管理や、名刺交換を起点としたビジネスネットワークの構築を目的としていて、無料でご利用いただけます。


【出所】Sansan提供

――「Sansan」のサービスコンセプトを「営業を強くする」から「名刺を企業の資産に変える」に変更されています。どのような経緯でコンセプトを変更されたのでしょうか?

サービス開始当初より、名刺は企業の資産として組織全体で管理、共有するべきだと考えていました。しかし、当時はクラウド名刺管理というサービスが認知されていなかったので、まずは「営業を強くするための名刺管理」という効果が伝わりやすいメッセージにしたのです。

2014年にテレビCMを開始して以降、おかげさまでサービスを知っていただくことが増えてきたため、創業以来伝えたかった「名刺を企業の資産に変える」というコンセプトに切り替えました。

「Sansan」を利用することで名刺管理に関する業務のムダを省き、効率化につながるだけでなく、社内の人脈を生かした新たなビジネスの創出も期待できます。名刺管理の切り口から企業の新しい働き方を後押ししていきたいという思いでサービスを提供しています。

実際に「Sansan」は、多くのユーザー企業さまで営業や役員だけでなく、エンジニアやバックオフィスの方々にもご利用いただいています。本当の意味で全社員の人脈を可視化することが重要であると思っていますので、全社でご利用いただくことによって生まれる価値を提供していきたいと考えています。

――名刺交換と言えば営業のイメージが強いですが、エンジニアやバックオフィスの方々は日々どのようなシーンで名刺交換をしているのでしょうか?

たとえば、エンジニアですと勉強会に行くことも多く、営業の人材が繋がることのない属性の方々との人脈を広げていたりします。エンジニアやバックオフィスの方々ならではのつながりを可視化することの意義は大きいと思っています。

――営業部門だけでなく、全社員が名刺管理するように変化しているわけですね。では、名刺管理サービスに求められている要件は、近年どのように変化してきているのでしょうか。

一番大きな変化は「名刺」を中心としたデータベース構造から「人」を中心としたデータベース構造へと転換した点だと思います。

「Sansan」は名刺管理というより人物管理と言ったほうがイメージしやすいかもしれません。たとえば、社内の複数のメンバーが、同じ田中さんという人と名刺交換したとします。創業当初は同一人物である田中さんの名刺がデータベース上で紐づかず、同じ名刺が何枚も存在する構造になっていました。

今は、同一人物の名刺が名刺交換日を軸とした時系列で紐づき、「いつ誰が会ったのか」という情報が一目で分かるようになっています。この「人物データベース」への構造転換によって、単なる名刺管理から人と人のつながりを可視化するツールへと進化してきました。

名刺データベースの構築に「人力」が必要な理由

――貴社では、名刺データを人が手入力していると聞きました。全自動化がトレンドになっている今、人力でのオペレーションを構築しているのはなぜでしょうか。

名刺データは100%正しくなければ意味がなくなってしまうからです。一文字でも間違えていたら「惜しかったね」とはならず、そこから電話も通じませんし、メールも届かなくなり、情報としての価値が失われます。コストがかかっても、データ化は100%の精度を実現しなければならないのです。

創業当時は名刺のデータ化をOCR(Optical character recognition:光学文字認識)技術だけで実現しようという話もありました。ですが、OCR技術だと最大でも80%程度の精度しか実現できず、それでは意味がないということで人力で入力するオペレーションでスタートしました。

――常樂さんは現在Data Strategy & Operation Center(以降、DSOC)のセンター長を務めていらっしゃいますが、2013年と言えばオペレーション部内にDSOCの前身となるR&Dチームが創設されたタイミングだったかと思います。

そうですね、2013年から文書画像解析のスペシャリストが専門的な研究を行うR&Dチームを創設し、OCRに加えて事業のグローバル展開も見越した言語に依存しない独自の画像解析エンジンや、名刺のデータ化を機械学習によって効率化・自動化する研究・開発をスタートしました。

これまで人力のオペレーションを強みとしてプロモーションしてきた面もありますが、やはり人力の場合、人件費は高くなります。入力するデータの量は予測が難しく、たとえば、お盆には営業活動がストップするため名刺交換が少なくなるというようなケースがあります。人力の場合、こうした季節変動に応じた調整も難しいため、2013年に「名刺データ化の自動化」を研究する部門を立ち上げました。

――OCR技術の精度には限界があるという声もありますが、名刺のデータ化のオペレーションが完全に自動化される可能性はあるのでしょうか?

当社が実現したい100%の精度を、完全に自動化できるかというと難しいかもしれません。しかし2、3年後には“ほぼ”自動化という世界を実現できるのではないかと考えています。

たとえば最終工程でデータの品質を担保するために、1%は人力でチェックするというような工程が入るかもしれませんが、99%自動化される世界は実現不可能ではないと思います。

現時点では、「マイクロタスク(誰でも、いつでも、どこでも、隙間時間で、事前準備不要)×マルチソーシング(センターオペレータ、在宅オペレータ、海外オペレータ、クラウドソーシング)」という方針で人力によるデータ化を進めています。

可能な限り一つひとつの作業を小さくするようにしており、これによって誰でもすぐに作業ができ、かつセキュリティの担保も可能です。当社では、1枚の名刺情報を30ほどの細かなデータに分割してデータ化しています。


【出所】Sansan提供

自動化の研究においては、そういった一つひとつの細かい作業の自動化を目指しています。

工程によってはすでに全自動化している部分もありますし、場合によっては人にはできない部分を自動化したり、簡単な部分を自動化して難しい部分を人が担ったりと、技術と人を上手く組み合わせながらオペレーションを組み立てています。

人工知能の活用で「出会いのレコメンド」実現へ

――貴社では年間に数億枚の名刺データを蓄積しているとのことですが、蓄積したデータの有効活用という観点で人工知能(AI)はどのように活用されているのでしょうか?

ここはまさに2016年11月に部門名をオペレーション部から「Data Strategy & Operation Center」にあらためた背景です。これまでは、人を介さずにいかに自動化できるかというオペレーションを突き詰めてきましたが、一方で当社のデータベースには「誰と誰がつながっているのか」という他にはない情報が蓄積されています。

この情報をどのように活用すればユーザーさまに新たな価値を提供できるかを模索する部門として、オペレーション部から「Data Strategy & Operation Center」へと切り替えました。

こういった人のつながりのデータを有効活用すれば、たとえば名刺交換の履歴からお付き合いしている会社や部門などに一定の特徴が見え、その人の職種や業務対象、エリアなどが推測できるようになります。また、つながりの可視化だけでなく本来出会うべき人に出会えるようレコメンドする、といったこともできるのではと思っています。

――出会いのレコメンドという意味では、CRMやマーケティング・オートメーション(MA)の領域にも近づいてくるように思いますが、こういった周辺機能も強化していくのでしょうか?

CRMやSFAの要素も「Sansan」には取り入れていますが、そこを目指しているわけではないので強化していく予定はありません。当社はあくまでも人と人の出会いに着目しています。そこから発生するレコメンドやマッチングにはチャレンジしていきたいと思っていますが、名刺管理という切り口にこだわっているので、CRMやMAといった領域は他社サービスと連携していくイメージです。

――人工知能の研究は、現在どのような体制で行われているのでしょうか?

今は十数名ほどの体制で研究に取り組んでいます。画像処理、AI・機械学習やディープラーニングを専門とした人材が中心です。その他、データサイエンティストも在籍しています。

2017年3月、グーグルに買収された「Kaggle」は、世界のデータサイエンティストが集う数十万人規模のコミュニティですが、その中でも80名ほどしかいない「Grand Master」という称号を持つ人材も2名在籍しています。

――それはすごいですね。そのような世界でもトップクラスの人材を惹きつける貴社の魅力はどのような点にあるのでしょうか?

やはりデータだと思います。人の出会いに関するデータを蓄積しているサービスにはたとえばなものがありますが、当社の持っているデータはとてもユニークです。フェイスブックやリンクトインではお互いにアカウントを持っていなければ繋がることができませんし、個人用のアカウントにビジネスのつながりを持ち込むことに抵抗感がある人も少なくありません。

「Sansan」はビジネスマンなら誰もが持っている名刺を入り口としているので、その人のビジネス上の出会いをほぼ網羅しているのです。また名刺上でウソをつく人はいないので、精度の高いデータが登録されています。このデータを分析できるということは、データサイエンティストにとって非常に面白いですよね。

「ビジネスの出会いを企業の資産に変える」ためのAPI連携

――連携という言葉が出ましたが、現在SaaS業界においてはAPI連携によりエコシステムを構築し、ユーザーさんにとっての満足度を高めていくような動きが加速しています。貴社ではこれまでどのような形で連携を進めてきたのでしょうか?

2015年にSansan Open APIを解放し、これまでに約20のサービスと連携しました。Office 365やSalesforce、サイボウズなど主要クラウドサービスと多く連携しています。


【出所】Sansan提供

――たとえばキャリア情報のアップデートのためのデータ連携など、API以外での連携はいかがでしょうか?

「Sansan」には人事異動ニュース機能がありますが、これは日経テレコン、ダイアモンド社のデータを使っています。「Eight」での名刺取り込みはスマートフォンでの撮影が基本ですが、大量の名刺を取り込むユーザーさまのことを考慮し、ルノアールやコワーキングスペースにEightと連携させたScanSnapを設置するなど、ユーザーさまが使いやすいように工夫しています。

――貴社では海外展開も進めていますが、オペレーションの部分は国内のものをそのまま海外に当てはめることができるのでしょうか?

オペレーションの中にも活かせる部分と活かしづらい部分がありますが、たとえば画像処理については言語を問わない処理を目指して研究していますので、どの言語であっても自動化できる部分は自動化するようにしています。

人力での入力の部分は「地産地消」で考えています。ある国で取り込まれた名刺はその国の人に入力してもらうことが一番効率的ですので、こちらも海外のクラウドワーカーさんにも動いていただいています。

――日本ではトップシェアですが、海外市場、特に米国やシンガポールでは競合はいるのでしょうか?

競合企業については特に想定しておりません。その国々で名刺管理サービスを提供しているベンチャー企業やOCRベンダーのような企業はいますが、そこまで大きな事業展開はしていないと思います。

紙というデバイス自体は強力なので世界中どこに行っても名刺は存在していますが、名刺に対する想いは違っていて、たとえば日本では一列になって名刺交換しますが海外ではこういった文化はないですよね。

日本は名刺に対する想いが強いので名刺管理サービスが根付きやすいのでしょうし、その日本でノウハウを積み、ここまで名刺管理に本気で取り組んでいる会社は世界でも当社だけだ、という自負もあります。

人や会社がタイムリーに正しく認識される世界へ

――紙ベースでの名刺交換という文化はなくなっていくのでしょうか?

なかなか紙はなくならないとは思っています。紙もデバイスの1つになりますが、初対面で名刺交換をする際に相手を意識せずに渡せるという点はとても強力な要素です。

デジタルデバイスの場合には相手の方にもデジタルを求めることになりますので普及しづらい面がありますね。とはいえ、「Eight」では紙をデジタルに置き換えるような名刺交換ができないかと模索しています。

紙であり続ける必要性は、なんとかなくしていきたいと思っています。たとえばEメールが出始めた時に手紙は衰退していきましたが、これはEメールのソフトウェアが世の中を変えたのではなく、Eメールというプロトコルが世の中を変えた事例です。当社でも、新しいデバイスを作るのではなく、「Eight」というプロトコルを作ることによって紙の名刺を置き換えていけるのではないかと思っています。

――今後「Sansan」や「Eight」を通じて実現していきたい世界観についてはいかがでしょうか?

Data Strategy & Operation Center としては、リコメンドを実現するために、その要素となる人や会社にタグ付けをしていくことにチャレンジしていきたいと思っています。たとえば、「Sansan」という会社であれば、名刺管理やCRM、SaaSといった言葉が紐づきますし、また「Sansan」に勤めている私、常樂にはデータサイエンスやセキュリティという言葉が紐づくと思います。

現在ある、企業のデータベースにおいては、会社には業種がすでに紐づいていますが、実は業種区分はとても粗いですし、時代の背景にも追いつくことができていません。

当社で言えば「その他ソフトウェア」に区分されてしまいます。現状の区分では、「IoTに取り組んでいる会社を探したい」となっても探す手段がないのです。このような課題に対して、人工知能や機械学習を活用し、流動的で適切なキーワードでタグ付けしていくことができると思っています。

――「Sansan」があるからこそ、人や会社がタイムリーに正しく認識されるという世界観は確かに実現性がありますね。働き方を革新するという意味ではいかがでしょうか?

働き方を革新することが当社のミッションですから、もちろんそこにはこだわり続けます。

組織内の名刺の共有を通じた生産性の向上もそうですし、社外のリソースを活用したビジネスチャンスの創出や、人のつながりの可視化による出会いのレコメンドなど、新しい働き方の実現を目指していきたいと思っています。

SaaS業界レポート著者の視点

人工知能の活用はSaaS業界においてトレンドになっており、Sansanでも画像認識(名刺情報のデータ化)とレコメンド(出会うべき人の推奨)の切り口で人工知能活用が進められていますが、Sansanの人工知能に対する向き合い方は3つの点で示唆に富んでいます。

一つ目は「人と人工知能のバランス」です。名刺データの場合、一文字でも間違いがあれば情報としての価値が失われるため「正確性」が非常に重要ですが、現在の人工知能の技術では100%正確なデータ化はできません。そのためより精度を高めるため人力のオペレーションを効果的に組み込んでいます。ユーザーにとって価値を最大化するために人と人工知能のバランスを上手に取っているケースです。

二つ目は「人工知能専門部署の設置」です。Sansanでは人工知能などデータまわりのテクノロジーを専門に扱うData Strategy & Operation Center(DSOC)を設置し、専門家が人工知能をどのように価値に転換するかを徹底的に考えています。人工知能を本気で価値に転換させたいのであれば、本腰を入れて検討する体制を構築することがまず求められるステップでしょう。

そして三つ目は「人工知能研究の採用ツール化」です。Sansanでは年間数億枚の名刺データを保有しており、この貴重なビッグデータ×人工知能の魅力をアピールすることで「Kaggle」(世界のデータサイエンティストが集う数十万人規模のコミュニティ。2017年3月にGoogleが買収)の中でも80名ほどしかいない「Grand Master」の称号を持つ人材を2名採用しています。このように、人工知能活用が競争優位の源泉になっていくこれからの時代においては、優秀な人材を採用するためには惹きつける力のあるビッグデータ・人工知能技術をアピールすることがより重要になっていくでしょう。

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著者紹介:阿部 慎平 (あべしんぺい)新卒でデロイトトーマツコンサルティングに入社後、大手企業の事業ポートフォリオ戦略、成長戦略、新規事業戦略、海外事業戦略、ベンチャー企業買収戦略など戦略プロジェクトに従事。 より主体的に事業に取り組みたいという思いから2017年3月にスマートキャンプに参画。現在はSaaS業界レポートや事業企画・営業、新規事業立ち上げを推進。