クラウドサービス推進機構に聞く、何が「中小企業のクラウド導入」を妨げるのか?

何が中小企業のクラウド導入を妨げているのか?「SaaS業界レポート2016-2017」のインタビュー(全15本)の第14弾として、クラウドサービス推進機構にお話を伺いました。 【SaaSレポートインタビュー第14弾】

クラウドサービス推進機構に聞く、何が「中小企業のクラウド導入」を妨げるのか?

松島桂樹
クラウドサービス推進機構 理事長
1948年静岡県生まれ。1971年東京都立大学工学部電気工学科卒、日本アイ・ビー・エム入社。製造業担当営業部門、CIM主任スペシャリスト、エンジニアリング・システム企画担当。1995年岐阜経済大学経営学部助教授、生産情報システム担当。1999年経営学博士(専修大学)。2001年より武蔵大学経済学部。2003年より岐阜経済大学経営学部客員教授。2014年武蔵大学退職、同年より法政大学大学院デザイン工学研究科客員教授。現在、一般社団法人クラウドサービス推進機構(CSPA)代表理事

中小企業、クラウドベンダー、支援機関のハブになる

――2013年8月にクラウドサービス推進機構を設立されていますが、どのような背景で設立されたのでしょうか?

中小企業のIT経営、言い換えれば中小企業がITを活用して経営力を強化していくことを支援していきたいと思い設立しました。発想としてはIT推進機構でも良いのですが、これからはますますクラウド活用が進んでいきますのでクラウドサービス推進機構という名前にしました。ですので、もともとクラウドだけを普及させるという意味ではなく、広く中小企業に対してITを普及させていくためにということで設立しています。

経済産業省主催の「中小企業IT経営力大賞」、そして「攻めのIT経営中小企業百選」など、ITを活用して業績を伸ばすことに成功している中小企業を表彰する制度がこれまで継続的に続いているのですが、ここにかかわってきた関係者が中心となって設立しました。第三者としての立場で中小企業のクラウド化を継続的に支援していく仕組みを持ちたいという思いで集まっています。

――これまでに「クラウドサービス認定プログラム」を3回実施し、26のサービスが認定されています。こちらは具体的にどのようなプログラムでしょうか?

クラウドサービスは初期費用が小さくサーバーなどの管理が不要になるため中小企業における導入が期待されましたが、中小企業としては自社にとって最適なクラウドサービスの判断がつかず結局のところ導入できていません。

このような背景の下、クラウドサービスに精通した専門家が中小企業の経営者に代わって機能や安全性を評価することで導入を促そうと考え、このプログラムをスタートしました。

業務系として12サービス、情報系として10サービス、開発系として4サービスをこれまでに認定していて、認定サービスはクラウドサービス推進機構のホームページへの掲載、メール配信による公表、協力メディアへの発表、各種セミナーやイベントでの広報などの支援が受けられます。

中小企業に向けたIT導入補助金などの政策支援が行われていますが、中小企業がITツールを選ぶ際にこのような第3者認定がかなり役になっていると聞いています。今年も6月から公募を開始する予定です。

――認定プログラム以外にはどのような活動をされているのでしょうか?

クラウドサービスの普及啓発に関わる活動すべてです。例えば研究会、セミナーなど、さまざまな形で中小企業、クラウドベンダー、省庁や商工会議所など含めた支援機関の三者をハブとしてつなぐご支援をしています。

クラウドベンダーさんにはエンドユーザーとなる中小企業の声を聞きたいという需要がありますが顧客関係になりますので、我々のような第三者機関が意見交換の場を設けることに大きな価値があります。

ビジネスの場合にはお金の話になりがちですが、前提としてそもそも役に立つ製品を提供できているのかといった点はとても重要です。中小企業としても良い製品が欲しいですし、クラウドベンダーとしても良い製品を提供したいと思っています。こういったビジネスの前段階の部分は我々のような第三者機関が支援すべき部分だと考えています。

(出典:クラウドサービス推進機構提供)

クラウドサービスの導入を妨げるハードル

――最適なクラウドサービスの判断が難しいというお話もありましたが、中小企業にとってクラウドサービスを活用するハードルにはその他にどのような点があるのでしょうか?

まずはコストのハードルがあげられます。クラウドサービスの場合は初期コストを抑えることができますが、中小企業の経営者は運用コストの部分でまだ下がって欲しいと思っています。例えば月額500円/IDというサービスでも、50人になれば月額2万5,000円ですので、積み上げていくと結局高いと判断する企業が多いというのが実態です。

とはいえ、客観的に見れば高くないと思います。製品を実際に使ってみれば合意できる価格水準にまできています。どちらかと言えば、中小企業側がクラウドサービスの運用イメージを持てていないこと、価値を理解し切れていないことが課題でしょう。

むしろクラウドベンダー側がこのような低価格化に耐えられるかという懸念があります。クラウドサービスは比較的小規模の企業でも気軽に利用可能ですが、やはりある程度のボリュームでなければ収益化は期待できません。

一方で、ボリュームが大きくなればなるほどカスタマーサポートなどの運用コストも膨らみますし、情報漏えいやサーバーダウンなどによる突発的なマイナスインパクトもリスクとして抱えることになりますので、このあたりも考慮して価格設定を行う必要があります。

――運用コストはユーザー側とクラウドベンダー側がバランスを取りながら、相場を形成していくことが重要ということですね。使い勝手という観点でのハードルはいかがでしょうか?

従来のパッケージソフトと比べてクラウドサービスが使いにくいということはありませんね。クラウド化によってこれまでITを活用していなかった層も入ってきますので、こういった層でも使えるようにという意味でのハードルはありますが、パッケージよりもクラウドの方がやはりUIの観点では圧倒的に優れていますね。

クラウドサービスではマニュアルやオンラインヘルプがなくても簡単に利用できることが当たり前になってきています。我々の認定プログラムでも以前はマニュアルやオンラインヘルプが整備されていることを評価項目として設けていたのですが、今ではこれらがない方が優れているという状況になってきましたので評価項目からも外そうと思っています。

――認定プログラムでは業務系、情報系、開発系に分けて認定していますが、アプリケーションの分類によって導入のハードルに違いはありますか?

どちらかと言えば業務系のアプリケーションは導入が進みづらいですね。情報系の場合は業務系と異なり特定の業務フローというものがないため汎用的に多くの企業で導入可能で、Webで調べてでき合いの製品を購入することを容易に行えます。

一方、業務系の場合には会計処理や給与計算などどの企業でもほぼ共通で活用できるものと、販売・仕入・在庫管理や人事管理など企業によって独自性が強いもの、また生産管理や工事進行管理など特定の業種に特化した業務アプリケーションとなります。

いずれの場合においても、企業にとっては業務系アプリケーションの導入や移行作業は、これまでの既存業務の改革を伴いますので、システムの導入はもとより、業務の改革を同時平行して支援できる仕組みが必要になります。中小企業にこのように支援できる仕組みは、まだまだ足りていないというのが現状です。

例えば最近では介護領域における業務系アプリケーションが増えてきていますが、こういったものは簡単に導入できるかというと中々難しくて、どうしても汎用的なものを使わず自社に最適なものを探すということになってしまいます。

――自社に最適なものを探すという動きからもわかるように、クラウドサービス導入のハードルとしてカスタマイズ性もあげられます。

そうですね、ただ中小企業の経営者と意見が一致する点として、コストを抑えたいのであればカスタマイズせず汎用的なアプリケーションを使うべきということがあります。

つまり安くしたいのであれば知恵を使って汎用的なアプリケーションにあわせていくべきで、知恵を使わずに自社に最適なアプリケーションにしようとカスタマイズしていくともちろん高くつきますので、このあたりは会社としての方針ではないでしょうか。

一方、大企業の場合にはすでにカスタマイズされたアプリケーションが導入されていますので、基盤の部分をAWSなどのIaaSによってクラウド化し、その上に既存のアプリケーションをそのまま乗せるといったケースが少なくありません。この大企業向けのIaaS導入はセキュリティの面でもコストの面でも優れているので大きなビジネスになっています。

――クラウドサービス導入の懸念としてセキュリティの問題もよくあげられますが、こちらについてはいかがでしょうか?

もちろんクラウドサービスの導入にあたってセキュリティは一つの条件にはなりますが、オンプレミスとクラウドではそもそもセキュリティの課題の種類も異なりますので、セキュリティの懸念を理由としてクラウドサービスの導入を控えるということには正しくないと思います。

例えばクラウドの場合ネットワーク上でのサーバー攻撃の脅威を心配されますが、多くのクラウドベンダーは当然セキュリティの専門家によって常時監視体制を強化しています。そのため、攻撃者は「よりリテラシーの低い部分」を攻撃対象としています。つまりサーバーよりも個人を目標とした攻撃が増大しているのです。

オンプレミスの場合、うっかりメールや添付ファイルを開いてしまう、また不用意にURLをクリックしてしまうことでウィルスやマルウェアに感染するリスクがあります。PCの紛失・盗難やパスワードの漏えいなどによって情報流出に繋がるリスクもありますね。

このようにいずれの場合も完璧ではありません。したがって自分自身でどこまでセキュリティ管理ができるかを見極めて、クラウドベンダーに任せる部分と自身で管理できる部分とを適切に仕分けた上で如何にセキュリティを高めていくかというポジティブな議論をすべきだと思っています。

SaaS業界を取り巻くトレンド

――クラウドの場合は初期コストが低くなった分、パートナーであるSIerにとっての収益性も低下し、販売してもらいづらくなったという話もあります。

あるクラウドベンダーはパートナーとのビジネスも考慮して、アプリケーションの部分は従来のインストール型で、基盤の部分をクラウド化するIaaS型での提供を選択していますが、こういったパートナーとの関係性もクラウドベンダー側の販売活動における一つのハードルになるのでしょうか?

システムの初期コストの観点では収益性は低下しますが、SIer自身がクラウド化に伴うビジネスモデルの転換にあわせて付加価値の提供の仕方を変えていくべきだと思っています。

例えばSaaS業界においてはマルチクラウド化や、そのマルチクラウド化を支えるAPI連携もトレンドになっていますが、特にクラウドの組み合わせ方やデータ連携などエンドユーザーにとって設計が難しい部分がありますので、こういった部分の支援によって付加価値を高めていくことも可能だと思いますね。

――マルチクラウド化というお話もありましたが、SaaS業界においてはSaaS 1.0としてポイントソリューションの時代、SaaS 2.0として一社に閉じた統合ソリューションの時代、そしてSaaS3.0として一社ではなくさまざまな企業・サービスとの連携による統合ソリューションの時代へと突入しました。

そうですね、この時代の流れにクラウドベンダーも気づいてきています。自社で開発を進めるよりも他社の良いサービスと連携する方がビジネスのスピードも圧倒的に速くなります。ここは各社の戦略によるところではありますが、間違いなく時代の流れは連携の方に進んでいますね。特に会計領域は面白い動きをしていて、自社の会計クラウドを基幹系クラウドと捉えなおして、ERPの周辺領域との連携を急ピッチで進めています。

一方で、オンプレミスとクラウドを組み合わせて使うということも広がっています。わかりやすい例で言えばExcelによるデータ入力・更新とクラウドによるデータ管理・共有ですね。やはりデータの入力や更新でレスポンスがよくないとストレスになりますので、データの入力や更新はExcelで行い、データの管理や社内外でのデータ共有はクラウド化、そのためにデータ連携を行うといったイメージもあろうかと思います。

――SaaS業界においては人工知能の活用もトレンドになっていますが、この動きをどう見ていますか?

人工知能という言葉はさまざまな定義で使われていて、機械学習やディープラーニングのような高度なものから単純な回帰分析のようなものまで世の中にあふれています。ただ本質は人工知能の定義ではなく人工知能を裏側で活用した結果としてエンドユーザーにとっての利便性が向上するかですので、人工知能の技術で勝負するのではなくそういった技術はオープンにして、最終的なUXの部分で勝負する時代になっていくと思っています。

――今後クラウドサービス推進機構としてどのような世界を実現していきたいとお考えでしょうか?

ITはもはや投資ではありません。クラウド化によって初期投資から運用経費へと変化しています。ITと言えば投資と考えている方が多く中々理解していただきづらいのですが、クラウドサービスの場合は会計上減価償却をするわけでもないので、やはり投資ではなく経費として捉えるべきです。また、クラウドサービスは導入した、使えるようになったという段階では効果が出ず、徹底して使いこなすということが求められます。

これらの背景を踏まえ、クラウドサービスの活用度指標というものを作り始めています。これまでのように投資額でIT経営力が図られる時代ではなく、実際の活用度によって図られるような世界を目指しています。例えばログインの頻度や特定の機能の利用頻度からどれだけ使いこなすことができているか、こういった定性的な部分を評価していきたいですね。

SaaS業界レポート著者の視点

SaaS(Software as a Service)の市場規模は2015年時点では約2,200億円にとどまりますが、デジタルマーケティングや働き方改革を実現する手段として年平均成長率10%超の勢いで成長しており、2020年までに約3,800億円に到達すると言われています。その結果として、ソフトウェアのSaaS化率は21%から28%まで高まる見込みです。

SaaSの場合、自社でセットアップや管理の必要がないため導入・運用の手間がないこと、ベンダー側で常に最新のバージョンにアップデートされること、需要に応じて利用規模の拡張・縮小が容易であること、そして何よりWEB上での利用となるため時間・場所の制約がなくなることがメリットとして挙げられますが、導入のハードルとしてカスタマイズ性だけでなくコストやセキュリティがよく挙げられています。

SaaSは個別のニーズに応じたカスタマイズをしないからこそユーザー側にとって導入や運用、更新の手間の削減を実現できるため確かにカスタマイズ性はハードルになりますが、コストやセキュリティはパッケージとSaaSでは性質が全く異なるためハードルとして捉えたネガティブな議論をするのではなく、SaaSのメリットを享受するためにいかに最適化するかといったポジティブな議論をすべきです。

コストについては、パッケージの場合イニシャルコストとして比較的に大きな金額を先行投資するため拡張・縮小を考慮すると機会損失が発生するはずで、一方SaaSの場合はランニングコストとして利用規模に応じた金額を必要経費として支払うため機会損失が発生しないなど、そもそもコストの位置づけ(投資or経費)も比較の前提も異なります。

またセキュリティについては、パッケージとSaaSでセキュリティリスクの種類が変化(SaaSの場合はサイバー攻撃が中心ですが、パッケージの場合はPCなどのハードウェアの紛失による情報漏えいなどもリスクとして存在)し、またそもそもSaaSの場合ベンダー側が高度なセキュリティ環境を構築するためユーザー側が個別に対策をするよりもセキュリティレベルが高まるといった議論もあります。

SaaSの品質・技術レベルは今後益々高まっていき、SaaSによって競争力を高めることが当たり前の世界が必ず訪れます。SaaSの導入検討にあたっては、SaaSのメリットを享受するためにハードルらしきものをいかに攻略するかといったポジティブな議論を心掛けましょう。

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著者紹介:阿部 慎平 (あべしんぺい)新卒でデロイトトーマツコンサルティングに入社後、大手企業の事業ポートフォリオ戦略、成長戦略、新規事業戦略、海外事業戦略、ベンチャー企業買収戦略など戦略プロジェクトに従事。 より主体的に事業に取り組みたいという思いから2017年3月にスマートキャンプに参画。現在はSaaS業界レポートや事業企画・営業、新規事業立ち上げを推進。