アリに学ぶ、未来の「管理職」の在り方とは

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「管理」あるいは「マネジメント」こそ企業経営における要諦だと言われるが、アリの社会をのぞいてみると、「管理」や「マネジメント」をせずして生産管理の最適化を実現しているではないか。人間の組織はあまりに柔軟性に欠けてはいないだろうか? 管理職、マネジメント職の新しい「在り方」を探ってみた。
アリに学ぶ、未来の「管理職」の在り方とは

「管理」あるいは「マネジメント」、必要にして面倒なプロセス

この世には「管理職」と呼ばれる職種がある。生産管理、採用管理、予算管理、予実管理・・・企業活動は管理に満ちている。なぜこの世に管理という仕事がなくならないかと言えば、その究極的な目的として「最適化」を目指しているからである。

企業活動である以上、売上を最大化する、利益を最大化する、あるいは在庫回転率を向上させる、受注率を高める等、何かしらの基準でその活動方針と目標数値が定められる。

この目標を達成するために、「管理」あるいは「マネジメント」とも呼ばれるプロセスが重んじられ、「管理(マネジメント)こそが企業経営における要諦だ」とよく言われている。

なぜそれが要諦なのかといえば、「思った通りの結果を出すのが難しい」からだ。

計画と現実との間には、必ず差分が発生する。その差分を埋めて、当初の目標を達成するべく、管理という行為は実行される。

それは本質的には受け身な行為である。目標や計画を立ててそれを目指すという能動的な面もあるが、外部環境の変動の影響からは逃れられない。何かが発生してからそれに対処する、カウンター式の行動プロセスなのであり、それは時間的な差分との戦いこそが急所となる。一つの遅れが次の遅れに連鎖し、ときに増幅され、どうにもならない滞留を生む。ラーメン屋やディズニーランドであれば、ときに行列も楽しいかもしれないが、マネージャにとって滞留は嫌なものである。

予定している受注量から逆算して、要員と在庫を確保しておく。顧客の気分や都合でそれがずれることもあれば、逆に突発的なニーズが予想外に発生することもある。暇になったかと思うと急にお祭り騒ぎになったりと、予測をする努力をどれだけ尽くしても、限界がある。

人員や設備を遊ばせているのは嫌なものである。ものづくりの世界であれば、カンバン方式、ジャスト・イン・タイム、セル生産、ありとあらゆる工夫がなされてきた。ウェブやSIの世界においては、「モノ」のマネジメントよりも「人」と「情報」のマネジメントが必要で、これが非常に難しい。

近年、プロジェクトマネジメントは社会的課題として急速にクローズアップされているが、実際、腕のいいプロジェクトマネージャはどの業界を見回しても払底している。


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業務の滞留と組織を考えるうえで、参考になる「アリの社会」

財務、法務、人事、採用、事業戦略・・・経営者が解決しなければならない課題は多岐にわたるが、あらゆる課題のなかで、こうした問題にこそ目を向けるべきである。

企業組織とは、実に様々なプロセスの結合体であるが、プロセスの「詰まり」はよろしくない。ひとつどこかに詰まりが発生すると、それは他の場所における詰まりを呼ぶ。自己増殖するのである。

人体に例えてみると、目が疲れたら肩がこり、肩こりをかばっていると腰痛がひどくなりと言った具合に、ひとつの患部が他の健康な場所にも悪い影響を与えるものだ。

ものごとが詰まることがないように、管理職、企画職を置く。しかし彼らにできることは、実はさほど多くはない。組織全体を見渡しているわけでもないし、自身や自身が責任を持つメンバーの利害を代表することも必要だ。良かれと思っての行動が、他からするとありがた迷惑だったということだって珍しくない。

真面目に職務と向き合ったとしてもそうした具合だが、中には自己本位な人、ある種の悪意を持つ人、そうでなくても事情があって人が入れ替わり、うまくキャッチアップできない人と、そもそも十全にパフォーマンスを発揮できるというものでもなかったりする。

どうしたらこれが解決できるのかということで、ドラッガーを紐解いてみたり、クレドを作ってみたり、人事制度を改革してみたりと様々に工夫をこらす。システム導入も有効だ。特に近年は、特定の課題解決に特化したサービスが次々と生まれていて、廉価でスピーディに導入できる。

しかしそうした活動が、必ずしも効果てきめんで思った通りの結果になることが少ない、というのはよく知られた話である。

そこで私が最近、マネジメントのヒントを得た「働かないアリに意義がある(中経出版)」という書籍について紹介したい。動物生態学者の長谷川英祐氏によるヒットタイトルで、その題名の通り、「実は働き蟻のすべてがみんなせっせと働いているわけではない」という研究成果を紹介している。

知られざるアリの社会、そこでは見事な分業と連携が実現している

本書によると、実際に個体別(!)のレベルで観察した結果、働くアリとそうでないアリは、通常状態だと2:8のパレートの法則が観測されるそうだ。一生懸命エサを運ぶものもいれば、女王にどやされて(?)外には出てみるものの、木陰でじっとしてしまうものもいて、外回りの営業マンを連想してしまうような状況になっているという。

それ自体、新鮮で面白いトリビア的な話なのだが、本書の価値はその理由を解き明かすところにある。

実は、「仕事」が発生したときに、それに反応しやすいアリと、そうでないアリが、遺伝的に決まっていて、それらが適度に混ざっているのだということだ。確かに人間でも、少々部屋が散らかっていても片付けない人もいれば、ちょっとの乱れも気になる人もいる。学術用語でいうと、それは「仕事に対する反応閾値の個体変異」と表現される。

どうもこの効果はかなり高度な社会性にまで及んでいるようで、「若い内は内勤、老いると外勤」といったような分業までもが成立しているということだ。外に出ると死亡するリスクが高まる。若いうちに死なれると一族の繁栄にとってはマイナスになるので、育成に投資した分をしっかり労働という対価で元を取ってから、その後、プラスアルファの任務についてもらう、というわけだ。