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xR(AR、VR、MR)は「現場の人材育成」に役立つ
連載初回では、AR、VR、MRの定義や日本の産業界におけるビジネス活用の現状を、 第2回では、ファーストラインワーカーの働き方改革に焦点をあて、xRとは何か?どんなことが可能になるのかを紹介した。
連載第3回となる今回も、Microsoft Mixed Reality 認定パートーナーの1社で、多様な業種でxR導入支援を手がけるホロラボの中村氏にお話を伺い、xR(AR、VR、MR)がなぜ「現場の人材育成に役立つ」のかについて考察をまとめた。
「3Dデータをデータの状態で3次元で見ることって、意外といままでできなかったんですよ」中村氏は指摘する。確かに、業務対象を3次元的に捉える必要があるどの業種においても、人材育成のための教材は、紙やパソコン・スマホなど2Dの世界だった。
「2Dだと、大きさに現実感がありません。しかしHoloLensなら、現実空間に現実のサイズの3Dデータを重ね合わせて、まるでそこに物体があるような感覚を得られます。現場の模擬に近い感覚でトレーニングできるところが、xRを教育・訓練・トレーニングに導入する利点ですね」(中村氏)
実際の手の動きや力加減、目線、身体の向きなど、実際の現場で活躍できるレベルまで技術力を向上するためには、現場での経験を積み、師匠や先輩のやり方を見て盗むほかに方法がなかった。しかしこれからは、「現場の技術伝承」に大きな異変が起きそうだ。
xRを活用することで、3Dデータを活用した直感的なトレーニングが可能となり、さらにベテランの暗黙知を形式知に変えて教材コンテンツ化できるようになるという。
マッスルメモリを刺激し「体感」で覚える
JR東日本では、転てつ機という線路の制御装置の操作トレーニングに、HoloLensの導入を試行している。HoloLens(ホロレンズ)を使って、実寸大の転てつ機と線路を表示させ、実際に身体を動かしながら転てつ機の操作訓練をできる教材を開発した。(詳細は 第2回の記事で紹介しています)
このARトレーニングは、床に表示された転てつ機の実寸大3Dデータの周りを歩いたり、しゃがんで覗き込んだり、ボルトを回して緩める(アニメーション)といった、身体の動きを伴う訓練。実物でのトレーニングにはかなわないが、座学よりは本番に近い。とにかく数をこなし、複雑な作業を直感的に覚えるには効果的だ。
同様の効果を狙ったARトレーニングへの取り組みを、JALでは2015年に開始している。同社ではまず、従来は平面図で実施していたエンジン内部構造の整備士向けの教育や、コックピット内に所狭しとならぶボタン操作など操縦士トレーニングにPOCを手がけた。
「HoloLensを使用したトレーニングは、視野角が狭く見切れたり、解像度が低いなど、デバイス性能上の課題はまだまだ多いのですが、それらのデメリットを差し置いても、実寸大の3Dデータを見て、自分の身体を動かして操作する、という現実感を得られるメリットの方が大きい。JALの方からお話を伺った際、"マッスルメモリ"という表現をされていて、なるほどと思いました」(中村氏)
転てつ機も航空機も、製造系の機材メンテナンスや医療も、内容や工程が複雑でかつ身体を使う業務のトレーニングには、"マッスルメモリ"を刺激して体感で覚えるARトレーニングが、業種を問わず役立ちそうだ。何度でも反復学習できる点、トレーニング機材の開発や訓練施設へ人間がリアルに移動するコストを削減できる点も見逃せない。
ベテランの「暗黙知」を「形式知」に
2019年2月に発表されたマイクロソフト HoloLens 2 では、アイトラッキング機能やハンドトラッキング機能が搭載されるという。これらを活用すれば、デバイス装着者自身がセンサーの役割を果たし、その人の行動データを取得できる。
例えば、ベテランにHoloLens 2 をかぶった状態で作業してもらい、目の動きや指の動きを取得する。若手が同じ作業をするときに、それらのデータを自分の身体に投影させ、ベテランの動きに合わせて動いてみる。
ベテランの「暗黙知」を「形式知」に変えて、作業中リアルタイムに目の前で再現できる、というわけだ。師匠や先輩のやり方を、誰でも盗める時代になる。「現場の技術伝承」が、大きく変わる可能性がある。
人材育成における、VRのポテンシャル
現場の教育・訓練・トレーニング、つまりファーストラインワーカーの人材育成で、ARの活用が進む一方で、「VRにもポテンシャルがある」と中村氏はいう。
VRデバイスのなかには、前述のHoloLens(ホロレンズ)よりも、桁がひとつ減るほど安価なものもある。安価な3DoFのスタンドアロンVRデバイスでも作業工程の手順確認などのトレーニングなら十分だ。6DoFのスタンドアロンVRデバイスが出そろうとHoloLensと同等の体験ができそうだ。端末の値段が安価なため、数をそろえるにも有利になる。
「値段とトレーニングの内容で幅を持たせると、もっと選択肢がうまれると思います。VRトレーニングは(連載初回で"市場の伸びしろがある"と話した)B向けVRのなかでも、ニーズが高いのではないでしょうか」(中村氏)
現場業務のデジタルトランスフォーメーションも加速
ところで、働き手の減少、ベテランの引退、人手不足倒産など「人材不足」の悩みは、日本固有ではなく世界共通のようだ。先日ガートナーが発表したレポート「Emerging Risks Survey」によると、企業幹部が認識する最大のリスクは「人材不足」だった。
1位の人材不足を除くと、いずれのリスクも技術関連の懸念だ。ICT化やデジタルトランスフォーメーション(DX)が急速に進むいま、多くの企業が、技術的リスクを緩和するのに必要な人材を確保できておらず、人材不足のリスクに直面しているというのだ。その解決策としてガートナーが提案するのは、人材を外部から調達するという発想を見直し、社内の既存人材を教育する方法へシフトすることだ。
現場の模擬ともいえる教育研修領域へのxR導入は、これまで2Dの状態で情報共有が行われてきた業種において、デジタル人材の育成はもちろん、業務のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速する一助ともなるだろう。
現場の人材育成にxRを活用するメリットは、人材戦略やビジネスモデル転換など、長期的に享受できるものも少なくないのではないだろうか。
連載記事一覧
第1回 xRの「ビジネス活用」最前線
第2回 ファーストラインワーカーの働き方改革は、xRで加速する
第4回 xR導入がもたらす「付加価値」と未来予測