ケニアAmoebaX河野邦彦「母からもらった愛を、僕がメンバーに渡していく」【母の日連載】

5月12日(日)は母の日。普段言えない感謝を伝える日として、浸透しています。そこでBeyondでは、起業家や業界をリードする方、ユニークなキャリアをお持ちの6人に依頼し、母へのお手紙を綴っていただきました。育ってきた環境や母とのエピソードは、今の自分の生き方にどのような影響を与えたのか。原体験を前向きに受け入れながら、今をイキイキと生きる6人の物語。連載4日目は、ケニアで会社経営を行う河野邦彦さんです。

ケニアAmoebaX河野邦彦「母からもらった愛を、僕がメンバーに渡していく」【母の日連載】
手紙を書いた人:河野邦彦 1990年生まれ。AmoebaX創業者・CEO。大学卒業後、不動産会社での営業や採用などを経験。その後インドで語学学校を立ち上げ、フィリピンのスタートアップへジョイン。2017年2月にケニアで赤玉ねぎの卸売りを行うAmoebaXを設立し、アフリカで持続可能なビジネスを目指し、挑戦を続けている。
【Facebook】
@AmoebaYasaFi
【Twitter】
@KKawano5

アフリカでも持続可能なビジネスはできる

東アフリカに位置するケニアで、地域の商流をつかみ、地元で雇用を生み、成長を続ける日本人起業家がいる。AmoebaX社で赤玉ねぎの卸売りサービス「YasaFi」を提供している、河野邦彦さんだ。

YasaFiは農家とストリートベンダーをつなぐサービスで、AmoebaX社が農家から仕入れた品質の高い赤玉ねぎをマーケットまで運搬し、適正な価格でストリートベンダーに販売することで、消費者への安定供給を図るというしくみだ。

河野さんは、以前Twitterで「清貧が求められがちなアフリカというマーケットでも、しっかりとビジネスはできると証明しなければいけない」と語っており、持続可能なビジネスモデルの確立を目指している。

2015年の創業当初2名だった従業員は現在40名まで増えた。採用した従業員の視座が上がることを日々実感しているといい、メンバーの成長に対しても想いは深い。

異国の地ケニアから、常に前向きでエネルギーに満ちたツイートを発信する河野さん。これまでの経験などを紐解きながら、母へのお手紙を綴っていただいた。

お母さんへ

期待せず、比べず、ただ信じてくれた母

元気ですか?僕はケニアで元気にしてます。
ちょっと気恥ずかしいですが、これも一つの親孝行になるかと思い、この企画を受けさせてもらいました。お母さんとの思い出や感謝をこの機会に伝えたいなと思います。

小さい頃から、お母さんには「〇〇しなさい」とか「〇〇しちゃダメ」と言われたことがなく、将来サッカー選手になる才能溢れた兄とも、比べられたことは一度もなかったですね。

今思えばあれは、幼心に抱えていた兄への劣等感を最後の最後で救ってくれた「大きなセーフティネット」だったと思ってます。

かと言って、無関心なわけではなく、僕は毎日、父と姉と2人の兄の家族全員から大きな愛情を感じて育つことができました。

それはお母さんが家族全員に対して、比べることなく、何をしたから褒めるではなく、家族それぞれの存在自体を愛してくれていたからだと思います。

兄のサッカーの試合があり、高校まではあまり僕の試合も観に来れなかったけど、大学サッカーでは毎週のように試合を観にきてくれましたね。

引退するときに「くにがこんなレベルでサッカーできるようになるなんて想像もしなかった。毎週末、楽しませてくれてありがとうね」と涙をにじませて言ってくれた時は、「ああ、ずっと見てくれてたんだな」と改めて感動したことを覚えています。

お母さんから期待を感じたことはありません。でも、いつも僕を信じて、側で見てくれている人でした。人に勝手に期待せず、人を信じる、というスタンスはお母さんの姿から教えてもらったのかもしれません。

はじめてのお母さんとのけんか

兄の凄い反抗期(笑)によって毎日泣いていたお母さん。それを見ていたので、僕は反抗期はなかったように思います。唯一けんかしたのは、僕の就職の時でした。

小学校の頃、担任の先生に憧れて教師を目指していた僕が、突然「将来海外で経営者になる」と言い出した時。最初はお母さんも話半分に聞いていた覚えがあります。

でも、そこから実際に日本の不動産会社に就職すると報告した時、初めて僕の進路に反対してきましたね。

お母さんは福岡で採石場を経営している家庭で育ち、祖父母の大変な姿を見てきたので、なおさら心配だったんだと思います。

当時は僕も幼稚な言い方をしていたと思うし、感情的になって泣いてけんかしたこともありましたが(笑)、最後には快く応援してくれたことを今でも本当に感謝しています。

メンバーや家族へ、自分が「愛」を渡すとき

今は異国の地のケニアで会社経営をしています。多分、お母さんの想像もできないことばかりだと思いますが、家族とお母さんに教えてもらった”人への愛”は今の僕を強く支えてます。

肌の色が違おうが、文化が違おうが、宗教が違おうが、一緒に働くメンバーを1人の人として尊敬し、愛せています。僕がお母さんから貰った愛を、次は僕が国境を超えて多くの人に渡す番だと思っています。

次に日本に帰る予定も未定だけど、1年に1回くらいは帰ろうと思っています。健康なうちにケニアに、アフリカに招待します。楽しみにしてね。

わんぱくな河野家の末っ子はケニアで、大好きな家族(妻と社員)と一緒に楽しく幸せに暮らしてます。大好きな家族とお母さんが長く健康で幸せであることを願っています。いつまでも元気でね。

くにより

(企画・編集/安住久美子)