ワンオペ育児から「チームわが家」令和時代の両立戦略(前編)

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共働き夫婦が増加しても、ワンオペ育児と仕事の両立に対する悩みは尽きません。今回は「チームわが家」を提唱する林田香織氏に、家族同士はもちろん家族以外からの外部支援をうまく取り付け、チームとして家事育児と仕事の両立を目指すという考え方と方法を語っていただきました。前編では、林田氏の実体験に焦点をあて、ワンオペ育児がうまれる背景を探ります。

ワンオペ育児から「チームわが家」令和時代の両立戦略(前編)

ワンオペ育児とは

ワンオペ育児とは、配偶者の単身赴任や長時間労働など何らかの理由があり、ひとりで仕事、家事、育児の全てをこなす状態を表した言葉です。公私休みなく常に臨戦態勢で、激務をこなすワーキングママなどの過酷な状況を、ブラック企業になぞらえ、こう呼ばれるようになりました。

男女共同参画白書(平成30年版)によれば、共働き世帯は右肩上がりに増加しています。2015年の女性活躍推進法施行を経て、2017年には共働き世帯は1,188万世帯となり、過去最高を記録。夫のみが働く世帯の約2倍になっています。

その一方で、家事育児の負担は、圧倒的に女性に偏ったまま。平成 28 年社会生活基本調査(総務省)を見ると、末子が6歳未満の世帯における家事関連時間は、夫が1.23時間であるのに対し、妻はなんと7.34時間でした。(家事関連時間には、育児、介護、看護などを含みます。)

「夫は外で働き、妻は家庭を守るべき」という考え方(性別役割分担意識)については、いまや反対派が賛成派を上回ったといわれていますが、言うは易く行うは難し。大勢のワーキングママがつらいワンオペ育児に苦しんでいることは、令和時代に持ち越された"課題"といえるでしょう。

今回は、企業や自治体向けに、「両立支援」「イクボス」など多様なテーマで参加型の研修を手がける、wonderLife LLP 代表でNPO法人ファザーリング・ジャパン理事の林田香織氏に、お話を伺いました。多くの女性がワンオペ育児から抜け出せない原因と、どうすれば家事育児と仕事を両立しやすい家庭を築けるのか、社会学の観点から紐解きます。

結婚した夫婦の3割が離婚を選ぶ時代でもあります。夫婦で家事育児を完結する核家族をやめて、拡(大)家族を築くという「チームわが家」の考え方は、シングルファーザーやシングルマザーなど多様な家庭にも、ヒントになる新たな時代の両立戦略です。

wonderLife LLP 代表・NPO法人ファザーリング・ジャパン理事 林田香織氏

家事育児は、母親だけの仕事?

林田氏は、男子3人を育てるワーキングママ。夫の米国駐在に帯同し、8年間におよぶ専業主婦期間を経て、社会復帰を果たすもワンオペ育児に苦しんだそうです。夫婦の"暗黒時代"は、10年に及んだとか。聞けば、その背景には、お互いの生育環境の違いがあったようです。

藤川 林田さんご夫婦では、生育環境においてどのような違いがあったのですか?

林田 私が育った家では、母が病気がちだったので、家事は父と子ども達も当たり前にやっていました。

 一方夫は、お母さんが専業主婦で家事育児を一手に担う、日本の一般的な家庭で育っています。家事も育児も主に母親がやるものだ、と思っていたと思います。なので育児は一緒にやってくれましたが、家事はほとんどやらない人でした。

 私の母も元気で家にいた時期もありましたけど、その時期も家のことは父と私たちがみんなでやっていたから、彼と結婚して「それって、本来は、お母さんだけの仕事だったの?」って。お互いの描いている妻像、母親像は、あまりにも違いすぎました。

10年間にわたる、夫婦の暗黒時代

藤川 夫婦間の価値観の違いについて、林田さんはどう思いましたか?

林田 私は、1人で家事育児を全部やろうなんて思っていないし、無理だし、それを私に求めないで、ってずっと思っていました。ワンオペ育児なんて、無理ですって。私の専業主婦期間が長かったせいもあり、社会復帰した後も今のような夫婦で家事育児を一緒にやる体制を作るまでに、10年ぐらいかかりました(笑)。

 当時の夫は、「なんでわかってくれないんだ」って思っていたと思います。「俺は仕事してるし、育児だって頑張っている」と。でも子育てって楽しいけど大変だし、休みなしじゃないですか。子どもがどんなに可愛くても、本当に大変。

藤川 そうですね。その大変さが理解されていないのは、しんどいですね。

林田 特に専業主婦だった時は辛かったですね。「あなたはひとりでご飯食べられるからいいけど、私は家にいても食べられないんだよ。あなたはコーヒーだって飲んだでしょ、私は一杯も飲んでないんだけど」って、常にピリピリしていました。

 いまは私も仕事をしているし、夜中にクタククタになって帰ってきた時に、あーだこーだ私から文句言われて、当時の彼は本当にかわいそうだったなって、振り返ってそう思いますけどね(笑)。

 でも、どう考えたって、私たちが育った当時は夫の家庭がマジョリティで、私の家庭がマイノリティでしょう? だから、私の考え方が間違ってるんだ、とずっと思っていました。

 彼が求めるお母さん像、妻像になれないのは、私がマイノリティ的な育ち方をしてしまったからであって、「夫に対してなんで家事をやってくれないんだろう」と思う自分が悪いんだと。夫と喧嘩して、家事をやってもらう自分自身に、罪悪感も感じていました。

 私自身が母親呪縛に捕らわれていたんだと思います。

ワンオペ育児をこなせない、罪悪感や劣等感

藤川 そうした罪悪感は、特にいつから感じるようになりましたか?

林田 特に感じるようになったのは夫の米国駐在が終わって、日本に帰国してからです。長男が0歳のときに渡米して、8年間は日本と米国を行ったり来たりで働けず、専業主婦として子育てをしていたのですが、実は米国にいた時はそこまで苦しくありませんでした。

 米国のお母さんって、日本のお母さんみたいにいい意味でちゃんとしてないんですよ(笑)。朝食はシリアルだけ、昼食もパンにピーナツバター塗るだけ。子どもの着替えなんて重たいものは持ち歩かないで、雨が降ってきたら子どもにビニールかけてそれでオーケーで。パパも家事をやるし、食洗機や乾燥機もみんな普通に使っていました。

藤川 日本に戻ったら、ギャップがあった?

林田 はい。夫と、お母さん像がかけ離れていたことは、先ほどお話したとおりですが、マジョリティである彼、イコール「日本の社会」が思っているお母さん像と、乖離があることを目の当たりにして、罪悪感になっていったのでしょうね。

 子どもは可愛いし、育児も好き。いいお母さんにはなりたいと思っていたけど、それじゃダメなんだと。日本の典型的な、なんでもちゃんとできるお母さんと自分を比べて、何にもできない自分に劣等感を持っていました。

ワンオペ育児から「チームわが家」へ

藤川 夫婦の暗黒時代や罪悪感・劣等感から、どのようにして脱したのですか?

林田 日本に帰国して仕事も再開した頃、『「育メン」現象の社会学』(お茶の水女子大学 石井 クンツ 昌子教授著・2013年出版)という出版されたばかりの本に出会って、私が悩んでいたことの理由を社会学の理論で、全部スッキリ説明してくれたのです。

 この本を読んだら、「全部私のせいじゃなかった」って思えた。夫がほとんど家事をしなかったのも夫のせいじゃなかった。夫が悪いわけでも、私が悪いわけでもなかった。

 私が自分自身に罪悪感や劣等感を感じたり、夫にイライラしてしまったりする背景には、社会のシステムや制度、アンコンシャスバイアス、いろんな刷り込みなどの「規定要因」があって、それを変えていくことで意識や考え方、行動も変えていける、というポジティブな解決策があると知ったのです。

 また、ファザーリング・ジャパンに参画したのも、大きかったです。どちらかというと私の父親に近い考え方を持っているお父さんたちや、夫婦というものについても多様な考えの方々と出会って、やっぱり私も間違ってないよねって随分思えるようになりました。

大学院で2年間学び、「チームわが家」にたどり着く

『「育メン」現象の社会学』に感銘を受けた林田氏は、著者であるお茶の水女子大学の石井 クンツ 昌子教授の研究室を突撃訪問。最初は、週に1〜2日の通学でその科目だけ勉強しようと思ったものの、修士生として2年間、石井教授の元で社会学を学んだそうです。

後編では、林田氏が社会学を学んだ末にたどり着いた、「チームわが家」を詳しく紹介。チームわが家の一番のミッションであるという「安心して子育てができるコミュニティ作り」について紐解き、ワンオペ育児という言葉が存在しない家庭と世の中を目指す、足がかりを探ります。