「戦略的メンタルヘルスのススメ」強い組織を作るための人材投資

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記事の情報は2019-08-06時点のものです。

労働人口が減少する近年、HR領域では人材を経営資産ととらえ、個々が十分なパフォーマンスを発揮できる組織の在り方が模索されはじめている。そのひとつが「メンタルヘルス対策」だ。メンタルヘルステックで業界をけん引する2社から、企業の現状や課題、単なるリスク対策ではなく人材投資として取り組む「戦略的メンタルヘルス」の重要性と実践方法について話を伺った。【ラフール代表取締役社長 結城啓太氏×メンタルヘルステクノロジーズ代表取締役社長 刀禰真之介氏】

メンタルヘルスの未来予測、ストレスは無くなるか?

企業経営戦略の中で、今後ますます重要性が高まると考えられるメンタルヘルス領域。前項で指摘された、経営者の意識、マネジメントの未熟さ、ハラスメントなど現状のさまざまな課題は、テクノロジーや時代の進化とともにどう変わっていくのだろうか。

結城氏、刀禰氏が描くメンタルヘルスの未来について伺った。

メンタルヘルステクノロジーズ刀禰 ラフール結城

医師が「治療アプリ」を処方する時代は遠くない

刀禰:最近気づいたことが2つありました。1つはグロービス(GLOBIS)さんが提供するプログラムの中に「リーダーシップとメンタルヘルス」いう科目があったこと。リーダー層がメンタルヘルスについて学ぶのはマスト事項になっていく中で、この分野のナレッジ共有は始まっているし、今後さらに進んでいくと思います。

もう1つは、2020年4月から企業にパワハラの相談窓口設置が義務化されますが、こういう動きは日本だけではないということです。うちの役員で外資系のカントリーマネージャーを務めている人物と話していたんですが、アメリカ企業で受けている研修の内訳は、情報セキュリティが30分に対し、パワハラ関係が2時間だったそうです。メンタルヘルスが重視されているのは、世界的な潮流なんですね。

結城:僕はこの先、医師の処方でアプリが出される時代が来るんじゃないかと思っています。

禁煙サポートなど、特定保健指導の対象になった人のケアに寄与するアプリはすでに日本でもあり、厚生労働省に承認申請が出されています。(2019年7月10日現在)

メンタル領域は明確な治療効果が見えにくいため、アプリが認可されるには時間はかかるかもしれません。しかし、今後のテクノロジー進化の中で、何かしら行動変容を促すためのツールが登場するのではないでしょうか。

弊社では今、マインドフルネスのゲーミフィケーションを使ったコンテンツを作ろうとしています。こうしたアプリやコンテンツが「メンタル改善に役立つから」「健康のために利用したいから」と日常的に利用される姿は、まだまだ遠いかもしれません。

ただ日本でも、病院で医師から処方されて「これを使えば改善するよ」と言われたら、使う人は圧倒的に増えるでしょう。それくらい身近なものになっていけばいいですね。

メンタル強者と弱者の2極化が進む

結城:もう少し先の未来には、個人の信用スコアにメンタルヘルスデータが紐付けられ、メンタルを健康に保つことは、体の健康を保つことと同じぐらいあたり前になると思っています。RIZAPのメンタルヘルス版みたいなものが登場してくるかもしれませんね。

すでに中国では信用スコアが社会に浸透していますが、日本でも大手が続々と参入しています。メンタルスコアが紐づき、メンタルが大きくぶれている人は、ローンが組めない、住宅が借りられないといったことが起きる。結果、病気が怖いからとウォーキングやダイエットを始めるのと同じように、誰もがメンタルケアするのが当たり前の時代がくるでしょう。

もう1つ。AIやテクノロジーの進化により働かなくても食事し、生活できるようになり、フィジカル領域の負担はほぼかからなくなるでしょう。そうなるとほんのささいなことでも、負担が生じると大きなストレスを感じてしまうようになる。極端な例ですが「スマホを失くした。もう死ぬしかない」と考えるようなメンタル弱者が増えてもおかしくない。「生き抜く力」のようなものが強い人、弱い人に分かれてしまう。

刀禰:すでに二分してきている感じはありますね。

結城:そうですね。今はピラミッド型だとしたら、この先は完全に二極化が進むのではないかなと。何かに突出した人たちが新しいものを作る、時代をけん引する一方、そうではない人はスマホを紛失するだけで精神疾患になってしまうような。そういった方々のメンタルヘルス対策が必要ですが、政府はすでにひっ迫している医療費にこれ以上莫大な予算を費やすわけにもいかないでしょう。

つまり、まずは自分たちで行動変化を起こすことが求められているのです。今私たちが取り組んでいる事業で「自分のメンタルケアをするのが当たり前」という意識を作っていきたいですね。

刀禰真之介 メンタルヘルステクノジーズ

刀禰:僕はメンタルの問題を解決した先にあるのは身体であり、メンタルの後は、またフィジカルへのぶり返しが来るのではないかと思います。

今は、どの企業でも定年が引き上げられ、働いている方々の平均年齢が上がっていますし、フィジカルの健康を放置はできません。常にメンタルとフィジカルの両面から、「働くためのヘルスケア」観点で、いろいろなサービスを作っていきたいです。

オープンイノベーションも進む、これからのメンタルヘルス

刀禰:産業医に関しては、全国に30万人強の医師のうち、資格だけなら10万人ぐらいが持っているので、産業医が足りないわけではないのです。問題なのはきちんと相談できるレベルの医師がどれだけいるかということ。僕らのミッションは、レベルの高い先生を増やすこと、これをテクノロジーでサポートすることです。

先生たちが効率的に一人ひとりの状態を把握できる型を作り、時間調整やストレスマネジメントに関するナレッジのシェアなどを行っていますが、この分野はこれまで非常にアナログでした。今ようやくIT化ができてきたところで、今後5年間で普及するのが第一段階ですね。

結城:遠隔診療システムを使って、優秀な産業医の先生が地方とも面談を行えるようになることもあるのでしょうか。

刀禰:オンライン面談の解禁は、名義貸しが増えるリスクがあるので、制度上どうなるかわかりませんね。「面談」は法律上の正式なプロセスで、産業医面談は一定の条件をクリアしないとオンラインでやれません。僕らはカウンセリングサービスとして、オンラインでできることを広げています。

結城:この先GoogleやAppleが持つようなデータと、私たちの持っている個人のデータを掛け合わせることで、メンタルヘルス領域のいろいろなことがわかるようになるでしょう。たとえば「SNSを1日何時間以上見ていると欝になる」といったことが明らかになり、規定時間以上SNSに接触するとスマートフォンにロックがかかるような仕組みも出てくるかもしれません。

また弊社では、オフィス家具の販売を手がけるPLUSさんと業務提携し、オフィス環境からメンタルヘルス、エンゲージメントを変えていくサービスを考えています。

「健康」というキーワードは、どんな業界でもプラスに捉えられています。これからも、いろいろな可能性を模索していきたいですね。

メンタルヘルス対策は戦略推進のための投資

日本では、メンタルヘルスの問題が注目されはじめたのはここ数年。対策の必要性を頭では理解しているものの、リスクが起きてから実感する、という経営層はまだまだ多いようだ。

メンタルヘルス対策でもっとも重要なのは、問題を予防するための仕組み化だ。従業員一人ひとりが最高のパフォーマンスを発揮できる状況を作ることは、結果的には戦略推進の速度をあげる。まずは経営者が意識を変え、組織として取り組むための号令を出すべきである。

また、現場としてできることはある。結城社長と刀禰社長の話の中で、1on1や毎日の声がけで成果が出た事例があったように、ほんの少し時間をかけただけで変えられることはあるのだ。会社や人事任せにするのではなく、まずは自分の行動からボトムアップで社内の空気を変えていく努力が必要だろう。