経済複雑性指標(ECI)とは
経済複雑性指標(ECI)とは「Economic Complexity Index」の略語であり、国の経済システムにおける生産力の特徴を測るための指標です。
いわゆる複雑性経済学の分野で用いられる他の指標同様、経済を限定的に捉えるのではなく、全体として捉え説明するのが目的です。
具体的には、ある国の国民が独自の文化により蓄積してきた知識を解明し、国家のもつ多様性の指標および製品の偏在性の指標を組み合わせることによって、主に他国への輸出品の複雑性を示したのものが経済複雑性指標と呼ばれています。
今回は、これからの日本の経済活動において注目すべき経済複雑性指標(ECI)について、その概要を説明しつつ、複雑性の視点からみた日本の強みについて解説していきます。
複雑性経済学とは
経済複雑性指標が用いられる複雑性経済学についてですが、これは経済学のアプローチのひとつで、経済を複雑系のモデルとして捉えるものです。
従来の経済学ではなかなか扱わない要素、経済成長における初期値依存性などが重視されるケースもあり、経済学の歴史において新しい考察分野として注目されています。
経済複雑性指標(ECI)の背景
経済複雑性指標(ECI)は、もともとMITメディアラボのセザー・ヒダルゴとハーバード大学ケネディスクールのリカルド・ハウスマンにより提唱されました。
オリジナルの論文は2009年に米国科学アカデミーにて発表され、これによって経済複雑性という概念が広まるきっかけとなりました。
経済複雑性指標に関するデータは経済複雑性観測所(The Observatory of Economic Complexity)というWEBサイトを参照しましょう。
経済複雑性とは
「経済複雑性」という独自指標を提唱したセザー・ヒダルゴは、複雑系やネットワーク理論の専門家であり、経済学にネットワーク科学そしてデータ解析を組み合わせたアプローチが高く評価されている人物です。イギリスの2012年版WIRED誌において「世界を変える50人」にも推薦されています。
彼が経済の複雑さを語るうえで、よく引き合いに出す例として「2種類のアップル」があります。以下では、この例を説明しつつ経済複雑性指標について理解を深めてみましょう。
経済の複雑さと2種類のアップル
ヒダルゴの例示する2種類のアップルとは、一つは「アップル社製品」という意味のアップルで、もう一つは私たち自身もなじみのある自然界に実際に存在するアップル(りんご)です。
人間は自分の想像を脳内でモノとして形作ることができ、ヒダルゴはこれを「想像の結晶」と呼びます。
アップル社の製品も人間のさまざまな想像を具現化・結晶化したものであり、イメージを結晶へと転化した製品が多いほど、その国の経済は複雑で洗練されたものであると考えます。
それに対して、果物としてのアップル(りんご)は、それ自体がすでにこの世界に存在するものであり、そのまま輸出品として扱われるものでしょう。
つまり、同じ商品であっても、果物としてのアップルを扱っている国よりも、アップル社の製品を輸出している国の方が経済複雑性の度合いが高いわけです。
経済の複雑性と輸出品目の多様性の関係
経済の複雑さのレベルを数値化したものが経済複雑性指標です。
品目に多様性があり相対的に希少なモノを輸出している国ほど、経済複雑性指標の値が高く、果物のような自然界に存在するものをそのまま輸出する割合の多い国は、複雑性指標の値が低くなります。
経済複雑性指標が高い国は経済力がある国であり、特に人々のイメージを結晶化・具現化する能力の差が、そのまま国家間の経済落差を生み出しているのだとヒダルゴは考えたわけです。
言い換えれば、その国の経済力の厳選は、その国の国民の想像力にあるということもできます。
経済複雑性指標では日本が1位?
そしてヒダルゴたちは、2000年以降、なんと日本が16年連続で経済複雑性指標において世界1位の座にあるとしています。これはすなわち、我が国が世界に通用するオリジナリティーのある製品やサービスをたくさん抱えていると認識されているということです。
日本は一人当たりGDPでは他先進国に差をつけられはじめていますが、高度でユニークな製品を多く生み出し輸出していることから、経済複雑性指標においては他国が比較し得ない成果を上げていることが評価されているのです。
ちなみに2014年における各国のECIは、トップが日本、2位がスイス、3位がドイツとなっており、以下4位がスウェーデン、5位がアメリカの順となっています。
経済複雑性指標と経済成長
経済複雑性指標は、単に経済の状況を全体的に捉えるだけに留まらず、その国の将来における経済成長を計測するために有効なツールとしても機能し、それは主にGDPとの対比において予測できるといいます。
たとえばヒダルゴによれば、ECIの値と比較して相対的にGDPが低い国、つまり経済状況が十分複雑であるにもかかわらずGDPとの間にギャップがある国は、将来的にその差が埋まるような水準に上がっていくということになります。
これは他の経済指標よりも正確に将来のGDPの成長を予測しているともいわれ、今後注目すべき指標として各国で採用される可能性があります。それだけ強力な指標ということです。
経済複雑性指標で測る日本の強み
それでは次に、経済複雑性指標の観点から日本の強みについて考えてみましょう。具体的にどういった点が複雑性の背景になっているのでしょうか。
多様な産業基盤
天然資源に乏しい我が国は、高度成長期からさまざまな分野で技術力を高め、多くの製品を世界に輸出してきた歴史があります。現在も産業用ロボットや炭素繊維といった革新的な製品を世に送り出しています。
そのため、さまざまなモノを生み出せる産業基盤を有していといえるでしょう。ヒダルゴのいうところの「想像の結晶化」が起こりやすい環境があり、それがそのまま強みとなっています。
高い健康寿命
日本の平均寿命は戦後と比較して30年ほども伸びており、健康寿命も70代以上といわれています。これは世界でもトップレベルです。
少子高齢化の加速は弱点となる可能性もあります。一方で、今後AIやバイオ技術などが導入されていけば、高齢者はそれまでの知識や経験を活用した人的資源となってくれる可能性もあるのです。
AIを活用したビジネスモデルは増加しています。こちらの記事で詳しく解説しているのでぜひチェックしてみてください。
高度な技術環境を維持できる
高い経済複雑性を維持するためには、高度かつ独自性の強い製品やそれに関わるサービスを生み出し続けることが重要となりますが、日本はその基盤となる技術の開発にも力を入れやすい環境にあるといえます。
相互作用による価値の醸成
日本の独自の価値観や文化がもたらす差異が、積極的な人とモノの相互作用のなかで新しい価値を生み出していくはずです。
現状では他国と円滑な取引きが可能な環境もあり、経済複雑性を体現するために必要な要素が揃っているわけです。
「日本的」な価値観・文化背景
独自に発展を遂げた日本の歴史・文化・伝統は世界から注目されており、こういった要素を背景としたオリジナリティのある製品やサービスで勝負できる環境があります。
我が国特異の価値観や考え方は、独特な地理や気候によって育まれてきたものであり、今後も世界に積極的に打ち出せる差異となる可能性が高いといえるでしょう。
経済複雑性指標と次世代の想像力
最後に、経済複雑性指標で重要な要素である「想像力」の観点から、今後注目すべき経済観について簡単に説明しておきましょう。
情報の重要性
ヒダルゴが経済複雑性を高めるために必要としている「想像の結晶化」を促進するためには、「情報」こそが今後の経済成長を考えるうえで本質となると考えられます。
情報をいかに効率的に収集し、実際の産業に活かしていくかを考えることが、これからの日本の経済を支えるうえで重要な考えとなるでしょう。
想像力という指標
今後は物的・人的な資本や土地、労働といった、これまでの経済学を構成する要素に加えて、想像力や革新性といった要素も積極的に考慮される度合いが強まっていくでしょう。
天然資源が少ない我が国は、このような想像力の結晶化により、発展した経済を維持できるような体制を築いていく必要があります。複雑性こそが、これからの日本を支えるキーワードとなる可能性が高いのです。
経済複雑性指標業の観点から、我が国の強みを考える
近年、注目されている経済複雑性指標業(ECI)について、基本的な説明から日本が同指標で一位とされている理由について解説してきました。ECIという指標によって、これまでの指標からは読み解けなかった新しい経済的な動きを捉えることができるようになります。
複雑性経済学をめぐる議論は、他の経済学理論に比べてなかなか取っ付きづらい部分もありますが、興味のある人はチェックしてみましょう。