MC・パーソナリティ大川晴菜「生きていることの最大の価値は自分を生きること」【母の日連載】

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5月12日(日)は母の日。普段はなかなか言えない「感謝」を伝える日として、浸透しています。そこでBeyondでは、起業家や業界をリードする方、ユニークなキャリアをお持ちの6人に依頼し、「母への手紙」を綴っていただきました。育ってきた環境や母とのエピソードは、今の自分の生き方にどのような影響を与えたのか。これまでの自分や環境を前向きに受け入れながら、今をイキイキと生きる6人の物語。連載5日目は、大川晴菜さんです。

MC・パーソナリティ大川晴菜「生きていることの最大の価値は自分を生きること」【母の日連載】
手紙を書いた人:大川晴菜(おおかわはるな)福井県生まれ。18歳。中学時代は不登校。高校卒業を機に、不登校から好きなことをやり続けた結果をnote(クリエイターと読者をつなぐプラットフォーム)にまとめて話題。現在は福井県の公式キャラクター「Juratic」の専属ステージMC、ライブやラジオパーソナリティとして活動中。

好きなことをやり続けると決めた

現在、福井県の公式キャラクターの専属ステージMCやライブなど、人前に出ることを仕事にしている大川さん。実は中学2年生から不登校で、悩んだことがあったという。

毎朝決まった時間に起きて、決められた通学路を歩く。決まった授業を受け、決まったご飯を食べる。そういった決められたことが出来ないのだ。人に言われたことも出来ないなんて、大人になったらどうやって生きていけばいいんだろう。(引用:大川晴菜さんnoteより)

しかしある時を境に、我慢ばかりではなく「好きなことをして生きていこう」と決め、自らの人生を実験台に、本当に好きなことだけをして生きていけるのか検証をはじめた。途中経過をまとめたnoteには、多くの反響があったという。

中学3年生のときに自ら開いた不登校生のための「お話会」では、「やりたいならやってみれば」と母が後押しし。当日は横に並んで一緒に講演した。

自称「元気な不登校生」を育てた母との関係について、母への想いを手紙に綴っていただいた。

祥代ママ

ママが「お母さん」という人を辞めた日

私は、あなたほど愛に溢れた人を他に見たことがありません。

私が幼い頃。
養護教諭としての仕事を終わらせてから帰宅するのは20時。帰ってきたらすぐ、せっけんのにおいがする手で抱きしめてくれたのを、今でもはっきり覚えています。

平日こそ一緒に過ごす時間は少なかったものの、夜は一緒に寝てくれて、休日になると一緒に遊ぶ時間を作ってくれました。苦手な科目は塾に通わせてくれたし、将来安定する進路も教えてくれました。

ママは、「お母さん」でした。

そんなママが「お母さん」という人を辞めた日。
今でもはっきり覚えています。

ある日、家に着いたのに、ママは車から降りませんでした。静かな車の中で二人きり。ママは泣いていました。

「あなたはお母さんなんだから、子供のことをもっと考えなさい」
祖母にそう言われたことを教えてくれました。

私はママがいつも私たち子どもを一番に考えてくれていたことを知っています。私はママが大好きでした。大好きな人の幸せな表情をみると、とっても嬉しくなります。「お母さんって何だろう」と、泣くママは見たくありません。

「お母さんって人はいないから、大川祥代でいいんじゃない」
そう伝えてから、ママはすがすがしい顔をしてくれるようになりました。

「私色(わたしいろ)」の感性を活かした教育

私は学校が嫌いでした。

中学2年生になると、学校に行けなくなりました。
ワクワクしない勉強に、大人になっていく同級生に置いて行かれるという不安。人に従うことが苦手だった私は、周りの人と同じようにできなくてどんどん自信がなくなっていきました。

家に引きこもる日が続きましたが、みんなが活動している日中は罪悪感で押しつぶされそう。日に日に昼夜逆転していく私。それでもママだけは私を許してくれて、それだけで心が楽になりました。

不登校中、ママがしてくれたこと。

ぼーっとするだけだった私に、スマホを買ってネットを使わせてくれました。好きなことで輝いている人たちに会わせてくれました。

絵が好きな私に画材をたくさんプレゼントしてくれました。毎日一緒にお風呂に浸かって、楽しい話をいっぱいしました。好きなことに没頭してもよい環境を与えてくれました。

そして、自分で生きる世界を選べるようになりました。
いつの間にか、私の周りには好きなものと好きな人で溢れていました。

当時は気づかなかったけど、ママはたくさんのものをくれました。私の得意・苦手分野にいち早く気づき、「私色(わたしいろ)」の感性を活かした教育をしてくれました。

「生きていることの最大の価値は自分を生きること。
 晴菜が何を選んだかじゃなくて、“自分で選べたか”だよ。」

この言葉を忘れたことはありません。
ママからの言葉が、いつの間にか自分のものになっていました。

ママからもらった愛

ママからもらった愛。それぞれ形の違う、いくつもの愛を、私はもらいました。

「自分で選択することの大切さ」。ママは私の仕事に踏み込んできたことはありません。

「YESと言える勇気、NOと言える勇気」。自分の好きなこと、嫌いなことを公にできるようになりました。

「どんな仕事をしているではなく、楽しく生きること」。自分自身を活かせる仕事を選べるようになりました。

でもこれらは、お告げのようにもらったわけではありません。私が迷走するたびに、私の話を聞いてくれて、一緒に考えてくれて、私の口からそう言えるように、心からそう思えるように、導いてくれたんだと私は思っています。

だから私はママにならなんでも話せます。なんでも知ってほしいし、なんでも知りたい。
ママが困っていたら一緒に考えたい。

ママは世界一尊敬する人であり、大川祥代は私の一番の親友です。
だから私はママが常に「自分自身を生きること」を願っています。

大川晴菜

(企画・編集/安住久美子)