ユニコーン企業を5社も輩出「中国Edtech」が盛り上がるワケ

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記事の情報は2019-02-03時点のものです。

1月16日、「中国Edtechでは何が起こっているのか?〜最大市場の動向から学ぶEdtechの潮流〜」と題したセミナーが渋谷で開催された。全世界で9社あるユニコーンのうち5社を生み出した中国Edtech市場の最新動向、日本の教育改革について白熱した議論が飛び交った。
ユニコーン企業を5社も輩出「中国Edtech」が盛り上がるワケ

中国Edtechでは何が起こっているのか?

1月16日、「中国Edtechでは何が起こっているのか?〜最大市場の動向から学ぶEdtechの潮流〜」と題したセミナーが開催された。本記事では、下記4つの観点からセミナーで聴講した内容をレポートしたい。

- 「中国Edtech」が盛り上がる社会的背景
- 「中国Edtech」にはどんなサービスがあるのか
- 深センに学ぶ、教育改革の在り方
- 日本の教育改革に必要な3つのエッセンス

Education(教育)とTechnology(技術)を組み合わせた造語「Edtech(エドテック)」という言葉は、近年、日本国内でもよく耳にするようになった。確かに、グロービス学び放題オンライン大学講座JMOOCなどのサービスは有名だ。

しかし教育現場に目を向けると、Edtechとは程遠い。

一方、お隣の中国で何が起こっているかというと、Edtech関連でユニコーン企業を5社も輩出している。注目すべきは各社がこぞって、子ども向け教育・学習関連領域を手がけている点だ。

まずは、中国Edtechが盛り上がる社会的背景から紐解こう。

中国Edtechが盛り上がる社会的背景

「実は中国には、162社のユニコーン企業があります。世界のユニコーン企業は約300社といわれているから、その半数が中国勢ということになる。その背景にあるのは、政府主導で推進されている産業のデジタル化です。」

こう解説するのは、本セミナー冒頭に登壇した Plug and Play JapanでAssociateをつとめる藤井友輝氏だ。

現在の社会と教育の歪みに課題を感じ、解決策としてのEdtechに関心を持つも、Edtech先進国である中国市場に関する情報は日本ではほとんど入手できなかったという藤井氏。そこで2018年11月、クラウドファンディングを活用して中国・北京で開催されたEdtechカンファレンス「GET」に参加した。自ら市場調査を実施し、その報告会も兼ねて本セミナーを企画したのだ。

「中国では、2015年から2018年の3年間で、X-Tech(クロステックまたはエックステック)を推進するという方針が打ち出されました。以降、AI・ソフトウェアは北京、金融は上海、といった具合に、中国各地にデジタルトランスフォーメーションの集積地が形成され、あらゆる産業でデジタル化が進んでいます。モバイル利用率も上がり、QR決済を始めとするデジタルサービスが社会全体に浸透しているのです。」(藤井氏)

教育も例外ではない。政府によるトップダウンのもと、Edtech(エドテック)が推進され、GET(Global Education Technology)やGES(Global Education Summit)、Smart Show といった大規模なカンファレンスや展示会が開催されている。

「世界で9社あるといわれるEdtechユニコーンのうち、5社は中国企業です。2018年のEdtechへの投資額は、5000億円にも上ります。」(藤井氏)


【Edtech発展における日本との類似点】
- 政府主導でのX-Tech推進
- モバイル利用率向上
- モバイル決済の社会全体への浸透

強力なトップダウンのもとデジタルトランスフォーメーションが進められた結果、Edtechが発展した。これだけをみると概況的には日本とさほど大きな差異は無いのではないだろうか?(もちろん政府によるトップダウンの強弱や、モバイル決済の浸透に状況の違いはあるが)日本でも、経済産業省と文部科学省がそれぞれ、また連携して、Edtechを推進している。

「中国の生徒人口は、 2億8,300万人。実に、日本の15倍の生徒人口です。中産階級層は急激に厚くなり、家庭における教育への投資は、年収の20%といわれています。親の意識に目を向けると、高考(大学入試)に向けた受験勉強を重要視する意識と、これからの社会で役立つより良いと思う教育を受けさせたいという意識が、両立しているのです。」(藤井氏)


【Edtech発展における日本との相違点】
- 莫大な生徒人口
- 中産階級の増加
- 教育に対する親の意識

日本でも受験に対する意識は決して低くはない。しかし中国において、「周りから遅れをとりたくない」という焦燥感や、「受験は受験、そのほかにも自分が必要だと思う教育も両立させて受けさせたい」という向上心が、一般的な中産階級層にまで広まっている点は、日本とはやや状況が異なると感じられた。

デジタルに対する政府の後押し、モバイル決済の浸透、莫大な市場規模、高いユーザー(特に親)ニーズなど多様な要素が、Edtech市場の盛り上がりの背景にはあるのだ。

「日本にありがちな、教育事業は儲からないという固定概念が、中国にはありません。それどころか、"Edtechは儲かる"というのが、VCも含めての共通認識です。日本のEdtech市場に必要なことは、人口が減少する日本市場から世界にも目を向け、自分たちの事業は儲かると自信を持ってVCに伝えることではないでしょうか。」(藤井氏)


【Edtech発展における日本と最も違う点】
- 「教育事業は儲からない」という固定概念がない
- 「Edtechは儲かる」という共通認識が、VCも含めて浸透している

Edtech市場を世界最大級にまで成長させた中国には、Edtechエコシステムが発展している。藤井氏はこう結論付けた。

中国Edtech市場にはどんなサービスがあるのか

本セミナーでは、中国現地でのカンファレンス・展示会の様子も報告が行われた。GES(Global Education summit)に参加した柴田寛文氏(経済産業省商務・サービスグループ教育産業室室長補佐(総括))、SmartShow参加した工藤さやか氏(経済産業省サービス政策課教育産業室室長補佐)、香港・深センEdtech調査を行った鵜飼佑氏(一般社団法人未踏 未踏ジュニア代表)・大塚嶺氏(未踏ジュニアスーパークリエイター最年少選出)が次々と登壇した。

【各カンファレンス・展示会で見られた、多様なEdtechサービス(一例)】
- 成績、家賃の支払い状況など様々なデータを生徒情報と紐づけ、信用スコアのようなスコアリングをしていくサービス
- 画像認識で生徒の出席をとるサービス
- 表情から健康状態を把握するというサービス
- 学校の訪問者データの蓄積など、学校のスマート管理に主眼を置くもの

朗読や書道など、伝統教育も人気だという点は興味深かった。日本とは違い、伝統教育をしてほしいという親からのニーズも高まっているそうだ。中国にはテック業界を牽引する「海亀」と呼ばれる若者たちがいる。海外留学と就労を経て経験・スキルや人脈を持って帰国した成功者たちだ。海外志向の強さが伝統教育の価値を見直させるのだろうか。また、こうしたカンファレンスに親子連れでの参加が目立つという点も、日本とは違って面白い。

そのほか香港や深圳では、ハードウェア開発に強い土壌を活かし、教育機関に対してメーカースペースの設置に関するコンサルティング事業を行う企業や、メーカー育成に向けた教材開発を手がける企業もあるという。

ちなみに、中国Edtechユニコーン5社は下記の通りだ。子ども向け教育・学習支援サービスが多いことが分かる。特に目立つのは、子ども向け英語教育サービスを手がける企業だ。

中国における子ども向け英語教育市場

本セミナーには、中国Edtechスタートアップ企業も3社登壇した。なかでも、英語スピーキング評価用アルゴリズムを提供するCHIVOX 宋暁非氏による、中国における子ども向け英語教育市場に関する概況解説は大変分かりやすかった。

中国のオンライン英語教育市場の特徴(1)

1件あたりの資金調達額は年々増加。2018年は約38.4億円(2.4億元)に到達した。注目すべきは、その投資ラウンドだという。シリーズC以降の割合が増えており、すでにオンライン英語教育市場では淘汰が始まっているという。

中国のオンライン英語教育市場の特徴(2)

その中でも、子ども向けオンライン英語教育は、成長スピードがもっとも速く競争が激化している。(中国におけるスタートアップおよびユニコーン企業のほとんどがそうであるように)BATの参入、投資合戦が生き残りを左右する。

中国のオンライン英語教育市場の特徴(3)

オンラインサービスにおけるAIの利活用が進みつつある。AI技術理解を深め、これまでにない新しいサービスの発想を掛け算で行っていくことが、生き残るためのキモだという。

例えばCHIVOXでは、英語スピーキングを評価するAPIとトータルソリューションを提供することに特化している。発音能力評価にとどまらず、オープンクエスチョンにも対応できるアルゴリズムを開発し、表現能力評価の領域も手がける。

すでに教育機関におけるスピーキング・トレーニングシステムに導入されており、CHIVOX製品でスピーキングを学んだ生徒たちの試験成績が上がることも実証済みとのこと。中国ではEdtechサービスを導入する効果が、教育現場、親、生徒自身にも実感されているようだ。

深センに学ぶ、「教育改革」の在り方

翻って日本でのEdtechに対する意識はどうだろう。2020年には英語やプログラミングの必修化や大学受験の制度が変わる「教育改革」を控えている。

けれども、この大変革に対する認知度は50%を下回るという調査結果もある。教員たちの長時間労働が問題視されるなか、教育改革による現場への負担を批判する声も少なくない。「教育改革」は早くもズッコケそうな雰囲気が漂っている。

そんななか、深センの在外邦人向けスクールepis Education Centreの責任者としてスクール運営に携わる渡辺敦氏の考察では、「土地柄を活かしたEdtech」が、一つの指針として示された。

2018年9月からプログラミング教育が必修化した深センでは、STEM教育ではなく「創客教育」をあえて掲げているのだという。深センの土地柄はこうだ。


- センサーを作るのが得意なメイカーが集まる街
- ドローンの最大手DJIや、ファーウェイも本社を置く
- 一攫千金を夢見るハードウェアスタートアップの熱気がある

「深センの創客教育では、テクノロジーを使ったものづくり、とりわけ何らかのセンサーを組み合わせてものづくりをさせることに主眼を置き、アントレプレナーおよびイノベーターを育てていくことをゴールに据えています。」(渡辺氏)

日本のように「人材不足だから育成を」という発想ではなく、その土地らしさとテクノロジーを掛け合わせてイノベーターを育成するEdtechが深セン流なのだ。

深センという"メイカーの街"に集積した人的資産や文化を活かした「創客教育」を受けて育つ子どものメリットは何だろう。日本におけるプログラミング教育に不足しているものは何なんだろう。大きくは、この2点ではないだろうか。

1. 大手ハードウェア企業で働く"成功者"を身近に見ながら切磋琢磨
 →学んだ先の夢や希望を描くことができる

2. 自分が育った深センという街の文化を感じながら学ぶ  
 →自分のルーツを明確に持てる、アイデンティティを育める

深センがメイカーの街としてのポジションを確立したのはここ数年の話だ。農業でもいい、ドローンでもいい。その土地の"強み"は作れないものではないし、すでにあるものかもしれない。

「地元のものとテクノロジーが結びついて新しいものを生み出される」と渡辺氏は強調する。その土地ならではのEdtechを設計することができれば、知識の詰め込みでは手に入らない、生きるチカラを育むことができるのではないだろうか。期待が膨らんだ。

日本の教育改革に必要な3つのエッセンス

本セミナーの第3部ではパネディスカッションに突入。日本Edtechの先駆けとしても有名な佐藤昌宏氏(EdTech Japan Founder, デジタルハリウッド大学大学院教授)も交え、日本の教育改革についての議論が行われた。本セミナーを聴講し筆者が感じた「日本の教育改革に必要なエッセンス」を、僭越ながら3つにまとめて紹介したい。

学びの選択肢を増やす

佐藤氏が強調しておられて印象的だったのが、「日本には、教育の選択肢が一つしかない。まずは緩めなければ」という点だ。

日本では9年の普通教育(無償)が義務付けられている。しかし学校も、学習者を支援するための一つの枠組みにすぎないことが指摘された。明治に作られた教育体制を維持するだけではなく、学習者中心の教育を実現できるよう方針を定めることが重要なのだ。

余談だが昨年7月にホリエモンこと堀江貴文氏が、ゼロ高等学院(ゼロ高)を発表し話題を読んだ。「座学を目的とせず、行動を目的とする」をコンセプトに掲げ、ファッション、農業、経営などさまざまな分野のプロに実践を学べ、高校卒業資格も取得できる。ツイッター上には「こんな学校に通いたかった」というコメントが溢れていた。

学びの選択肢の自由化・多様化は、機が熟したと言えるのではないだろうか。

学びの「実益」を身近に

前述の深センでは、DJIやファーウェイ、BAT(百度、アリババ、テンセント)などIT業界を牽引する「憧れの大人」が身近に多くいる。ロンドンでも、GAFA(Google、Apple、Facebook 、Amazon)が有名大学に研究室を持ち、多くの優秀なエンジニアを身近に感じやすいという。エンジニアリングに長けていればものすごく稼げる、英語を話せれば給料が倍になる、といった実益を生徒たちが実感できる環境があるのだ。

「目的を達成するための学びとして、動機付けしていくことが重要です。もしかしたら日本では、儲かるという実益を訴求していくだけではなく、社会に貢献できる・人の役に立てるといった動機付けのほうが、受け入れやすいかもしれませんね。」渡辺氏は補足した。

いずれにしても、頑張って勉強すればこうなれるというロールモデルや、夢と希望を持たせてあげるなどの"工夫"が、日本の教育改革に不足しているのではないかと考えさせられた。

Edtechを導入するための支援人材を

「実際の教育現場では、教育改革の波は感じられない。」「急にタブレットをばらまかれても、うまく活用できない。」教育現場で働いているという方からのリアルな意見に対し、佐藤氏はこう指摘した。

「教育現場におけるITリテラシーが低すぎるんです。ITなんて無くても幸せに過ごせるという感覚が、教育現場に残っている。しかしEdtech導入をはじめとする教育改革は、各学校の校長や教育委員会のリーダーシップによって劇的に変わるんです。なので、自治体格差がすごい。」(佐藤氏)

タブレットを使って、子供達にどういう学びをしてあげられるのか。ITを活用するのとしないのとでは、どんな変化があるのか。テクノロジー活用のBefore Afterを設計し、導入効果を可視化し、Edtechの導入を支援する役割を担う人材が必要になるという。

ここにも日本のEdtechスタートアップ参入の余地がありそうだ。先に紹介した香港・深センでも、教育機関への教材・環境開発およびコンサルティングを手がける企業は業績を伸ばしている。

いまの日本の教育はこのままで良いのだろうか、と不安や疑問を持つ人は多い。けれども日本のEdtech市場はイマイチ盛り上がりに欠けている。Edtech先進国・中国で起きていることを知ることで、より良い教育改革に向けた足がかりとなれば幸いだ。