政冷経熱とは | 経済に見る複雑な日中関係の歴史をおさらい

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政冷経熱とは政治面では冷めているが経済面では熱いという、日中関係を表す言葉です。しかし二国間の関係は、いまやこの言葉だけで表現できる程単純ではありません。日本企業は中国に対してどう向き合っていくべきでしょうか。
政冷経熱とは | 経済に見る複雑な日中関係の歴史をおさらい

政冷経熱とは

日本と中国の関係を表す際、よく引用される言葉に「政冷経熱」があります。
政治的な関係は冷え込んでいるが、経済的な関係は活発で熱いという意味ですが、これは胡国家主席が、河野洋平衆院議長と会談した際に使った造語といわれています。

現在の日中関係は「政冷経熱」が当てはまる状況とも言い切れませんが、日中の近代史を簡単に振り返ることで言葉の背景を明らかにし、今に至る流れを解説していきます。

政冷経熱の成立背景

日中国交正常化と改革開放

1972年9月、日中共同声明が発表され、日本と中国間の国交の正常化が果たされました。

以後、1978年の日中平和友好条約の締結を経て、歴史の教科書問題や靖国神社公式参拝問題などがありながらも、日本と中国は政治的に安定した時代に入り、1978年に中国の近代化を進める「改革開放」が行われた際は、日本政府が円借款で援助を行うまでになりました。

こうした経済援助をきっかけに、日本の資本が中国に流入する下地ができ上がったといえます。

日本企業の中国進出が相次ぐ1990年代

このようにして日中の経済関係ができ上がり、中国が「世界の工場」となると、日本企業は安い労働力を求めて中国に進出をはじめ、1990年代にはこの動きがより活発化し、中国の経済開放路線で政府が積極的に日本企業受入を行ったことも相まって、経済が熱い状況が作り上げられたのです。

同時に、盛んになっていった中国経済が徐々に「世界の市場」となってきたことから、両国間の貿易も拡大し、経済における日中関係は、互いに欠かすことのできない存在となりました。

政冷経熱の時代(2001年〜)

日中二国間経済が盛んであった最中、政治面での日中関係は、いくつかの過去の歴史が原因となり、徐々に悪化してきます。

特に、2001年に就任した小泉首相が靖国神社参拝を行ったことに対しては、中国政府が猛然と反発、両国関係が悪化し、日中首脳会談のキャンセルに発展しました

これをきっかけに中国国内での反日感情が高まり、2005年には「憤青」と呼ばれる若者によるデモが発生し、上海の日本総領事館への攻撃や日系スーパーでの暴動が起こっています。

当時の日中経済状況をみると、暴動の前後では一時的な影響が見られながらも、相変わらず活発な貿易と資本の投入が続いており、両国の経済界からも政治的な関係悪化を懸念する声が高まりました。

これを打開するために行われた2004年の日中会談で、胡錦濤国家主席が「政冷経熱は見たくない」と発言したと伝えられていますが、時代はまさに政冷経熱を迎えていたのです。

政冷経熱から政冷経冷の時代へ(2012年〜)

日中の政治関係は、徐々に二国間で改善が行われてきましたが、2012年に尖閣諸島問題が起こったことによって、再度関係が悪化してしまいます。

同時期に、大幅な経済成長を遂げた中国では人件費や住宅費が高騰し、現地工場が日本企業の重荷になりつつある中、アベノミクスによる急速な円安が、中国からの日本企業撤退を加速させる結果となったのです。

これにより、「政冷経冷」の時代が到来到来しました。

政冷経温の時代へ(現在)

このまま、打開策が見いだせない状況が続くかと思われた現在、経済面での日中関係に変化の兆しが見られています。

これは、政治が冷え込んだ状態でも経済はせめて暖かくしたいという、政治と経済を分離した国交を主に中国政府側が望んでいることと、もう一つは中国国民の動向が要因です。

政冷経温の時代と言われるようになった理由は二つあります。

ゾンビ企業を淘汰するために日中協力

一つには、行き過ぎた中国経済に歪みが生じてきており、政府が経済の構造改革を断行する必要に迫られているということが挙げられます。

この矛先となるのが、過剰な生産力と労働力を持ちながら赤字を垂れ流す国営産業、いわゆるゾンビ企業であり、これを淘汰することが課題になっているのです。

しかし、日本のバブル崩壊時の金融・証券などの状況を見てもわかるとおり、ゾンビ企業の淘汰には大量の失業者を生み出すといった大きな痛みを伴います。

そうした状況を経験してきている日本企業の力を借り、経済関係を強化することによって、構造改革の痛みを少しでも和らげようという、中国政府側の狙いがあるといえます。

訪日観光中国人の増加

もう一つは、訪日観光中国人の増加です。

政治と経済の分離という中国政府の思惑を背景に、2013年の安倍首相の靖国神社参拝でも中国政府は渡航制限措置を取らず、ビザ取得の緩和とも相まって、2014年には中国人の観光客数が一気に増加したのです。

対中国の膨大な貿易赤字を抱える日本にとっても、この状況は悪い話ではなく、結果的に現在の日中関係は、政冷経温の時代を迎えているといえるでしょう。

これからも変化を続ける日中関係

政冷経熱という言葉は、いつの間にか日中関係を象徴するように思われてきました。政治的にさまざまな変動が起こっているだけでなく、経済面でも日中間には大きな変動が起こっており、特に近年の変化の激しさは「めまぐるしい」とさえいえます。

この急激な変化は、インターネットを通じた情報化が加速したことも要因であり、これからも予測のできない日中関係の課題が続いていくでしょう。