トヨタ、特許開放で狙うスプリットHV強化 - 「脱・トヨタ」を阻止できるか

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記事の情報は2019-04-17時点のものです。

トヨタ自動車が、ハイブリッド車(HV)関連特許2万件の無償開放に踏み切った。世界的には電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド(PHV)車の人気が高く、2035年の販売台数はいずれも1,000万台を超えるという。対するHVは同420万台。ここで特許を開放する狙いはどこにあるのだろうか。カギは「スプリットHV」にありそうだ。
トヨタ、特許開放で狙うスプリットHV強化 - 「脱・トヨタ」を阻止できるか

世界のEV販売数は2025年1,000万台超へ

世界各国で打ち出される環境規制や優遇税制などの影響で、自動車の種類がエンジン車から電気自動車(EV)へ徐々に移行してきた。さらに、コネクテッドカーやMaaS(マース)といった新しい概念の登場、進む自動運転車の開発といった流れもあり、自動車業界は現在「100年に一度の変革期」といわれている。

特にEVシフトの流れは強い。カウンターポイント・テクノロジー・マーケット・リサーチの予測によると、2017年に世界全体で115万6,000台だったEVの販売台数は、2019年に197万台へ増え、2025年に1,086万9,000台となるそうだ。

出典:カウンターポイント・テクノロジー・マーケット・リサーチ / Global Electric Vehicle Car Sales to Reach 2 Million Units in 2019

EVというと、電動モーターだけが動力源のバッテリー搭載EV(BEV)を思い浮かべる。しかし、バッテリー主体でなく燃料電池の電力で走る燃料電池車(FCV)、エンジンとモーターを併用するハイブリッド車(HV)、HVのなかでもBEVのように外部電源で充電可能なプラグインHV(PHV)など、電源や駆動メカニズムの異なる自動車にも注目しておこう。

今後どのような種類の自動車が広まるかについては、販売台数をHV、PHV、EVに分けて集計した富士経済の調査結果が参考になる。かっこ内の数字は2017年比で、HVが2倍にとどまっているのに対し、PHVとEVの伸びが目立つ。

HV

  • 2017年:208万台
  • 2035年:420万台(2.0倍)

PHV

  • 2017年:40万台
  • 2035年:1,243万台(31.1倍)

EV

  • 2017年:76万台
  • 2035年:1,125万台(14.8倍)

出典:富士経済 / HV、PHV、EVの世界市場(販売台数)を調査

また、同じく富士経済の調査結果だが、国によって普及している自動車のタイプに違いのある点が興味深い。たとえば、日本はHVが圧倒的に多く、中国はEVが過半数ある。こうしたお国柄は、各国の排ガス規制、環境規制、奨励金制度、得意とする技術などの相違が影響していて、政治的や経済的な要因に大きく左右されるのだろう。

出典:富士経済 / xEV市場(販売台数)を調査

トヨタがHV特許2万件を無償開放

EVやHVといった電動モーターで走行する自動車が勢力争いをするなか、トヨタ自動車(トヨタ)がHV関連特許の無償公開に踏み切る、との大ニュースが流れた。ただし、正確にはHV限定でなく、トヨタのプレスリリースにあるとおり、モーター、PCU(パワー・コントロール・ユニット)、システム制御など、HV開発過程で考案した自動車の電動化に必要な技術の特許実施権を無償開放する取り組みである。

対象特許は2万件以上

対象となる特許は、審査継続中のものも含め約2万3,740件。内訳は、モーター関係が約2,590件、PCU関係が約2,020件、システム制御関係が約7,550件、エンジン・トランスアクスル関係が約1,320件、充電機器関係が約2,200件で、以前から無償開放していた燃料電池関連の約8,060件も含む。PHV、EV、FCVなどの電動車開発に応用できるコア技術だそうだ。

無償提供という以外の具体的な実施条件については、協議して契約するとした。

有償で技術サポートも

この取り組みにより、ほかの自動車メーカーもトヨタの特許を無償で自社の製品に応用できる。ただ、そもそも特許とは、ある動作の実現に必要不可欠な技術的構成要素とアルゴリズムを説明しただけの文書だ。その技術を使えば誰でもすぐに目的の動作を実現させられる、という簡単なものではない。実際の製品で有効利用するには、多くのノウハウや連携する別の技術が必要不可欠となる。

そこでトヨタは、同社の持つモーター、バッテリー、PCU、ECU(エンジン・コントロール・ユニット)といったシステムを使用する場合に限り、製品化に向けた技術サポートを有償で提供するとしている。製品化する自動車の特性に応じ、燃費や出力性能、静粛性など「商品力を高いレベルで実現するために必要な、車両電動化システム全体のチューニング」(トヨタ)に関して、詳しい説明やアドバイスをするという。

具体的な費用などの条件は、やはり案件ごとに協議して決めることになる。技術サポートを受けられるのは「電動車の製造・販売を目的とした完成車メーカー」(トヨタ)に限られる。

敵に塩を送るトヨタの目的は?

特許無償開放とは、敵に塩を送るようなものだ。何が狙いなのだろう。その目的は、トヨタが得意とし、HVの代名詞「プリウス」で採用している「スプリットHV(シリーズ・パラレルHV)」「ストロングHV」というHV技術から伺える。

大きく分けると3種類あるHVの方式

一口にHVといっても、駆動メカニズムから「パラレル方式」「シリーズ方式」「スプリット方式」という3種類に分類できる。

パラレル方式は、エンジンとモーターが出力軸を共有しており、両者が1つの軸に回転力を与える。基本的には、エンジンの苦手な発進や加速をモーターがアシストする、という仕組みだ。比較的シンプルな構成なうえ、エンジン車とモーター車の長所を組み合わせやすい。

シリーズ方式は、駆動力をモーターだけで生み出す。エンジンはあくまでも発電用で、モーターの回転やバッテリーへの蓄電に必要な電力を作るためだけに搭載している。シンプルな駆動機構が大きなメリットだ。

スプリット方式は、パラレル方式とシリーズ方式を組み合わせたようなHVである。エンジンからの回転出力をモーター向けと発電機向けの2系統に分割し、パラレル方式よりさらに効率よくエンジンとモーターの力を使う。パラレル方式と違ってモーター走行中でも発電でき、シリーズ方式同様モーターだけで走れるなど、極めて柔軟な制御が可能となる。その代わり、動力分割機構が必要で制御の難易度が高い。

なお、ストロングHVとは、エンジンの助けを借りずに走れるほど強力なモーターを採用するタイプのHVで、駆動メカニズムそのものとは別の視点からの分類になる。ストロングHVに対しては、大きく重いモーターの車載を避ける目的で、車内電源用などの発電機をモーターに流用する「マイルドHV」タイプのHVが存在する。

狙いはスプリットHV陣営の強化

このように、スプリットHVは大きなメリットが得られる反面、取り扱いは難しい。しかも、多くの特許を保有しているトヨタが、ライバルの前に立ちふさがっている。その結果、ほかのメーカーはなかなか手が出せず、トヨタの独擅場(どくせんじょう)になった。

一見トヨタに有利な状況だが、不安な要素もある。スプリットHVの商品化が困難なため、ほかの方式のHVを採用したり、純粋なBEVや、小さな発電用エンジンを載せて走行距離を伸ばすレンジエクステンダー付きEVを選んだりする自動車メーカーが増え、トヨタが孤立化してきたのだ。スプリットHVには、大きなバッテリーと強力なエンジンの両方を必要とする不利な面もある。

そのため、トヨタはスプリットHV陣営を増やそうと特許無償開放へと舵を切った。スプリットHVの強化や改善をするにあたり、トヨタが孤軍奮闘するよりも他社と協力できた方がよいと判断したのだろう。そして、スプリットHV用のバッテリーやモーター、機械部品などを共用すれば、コスト削減にもつながる。関連部品メーカーの収益増も期待できる。

トヨタの選択は、大きな見返りが得られる優れた作戦なのかもしれない。

HVはEVシフトへの「現実解」

冒頭で述べたとおり、世界、特に欧州ではEVシフトが進行中だ。とはいえ、現在のEVは航続距離が短く、地域によっては充電ステーションの配備が不十分だったりする。充電インフラが現在のガソリンスタンド以上に増えない限り、EVの用途は限定的なままだ。本物のEV時代が訪れるまでのあいだ、HVやPHVを使う方が現実的だろう。ここでHV関連の特許を無償開放しようというトヨタの戦略は、理解できる。

その一方、トヨタはHVに固執しているわけではない。FCVを見据えた水素関連事業への参加、EV用電池に関するパナソニックとの協業など、さまざまな活動を展開している。さらに、マツダ製ロータリーエンジンEV用レンジエクステンダーに使う計画もある。

出典:マツダ / ロータリエンジンを用いたレンジエクステンダユニットの紹介

今回のトヨタの選択は、HVで利益を得つつ新技術の実用化に必要な時間を生み出し、よい結果をもたらしそうだ。

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