みずほ銀行の次期システム開発はなぜ炎上した?今さら聞けない合併・統合失敗の歴史【図解】

みずほ銀行の新システムが2018年にようやく完成し、移行スケジュールが示されている。みずほフィナンシャル・グループが発足した2000年から18年が経過したが、その間、みずほ銀行次期システム開発は、長らく経営の重しとなり続けてきた。富士銀行、第一勧業銀行、日本興業銀行という三行合併の歴史を振り返り、混迷・失敗の背景を探ってみたい。(追記:2018年6月12日)

次期システム統合失敗?のアダとなった「三行対等の精神」

銀行の合併においては、「合併する側のシステムを残し、合併される側のシステムを廃棄する」のが一般的である。

業務においても、システムにおいても、合併する側にすべて合わせて統制を保つことでコスト削減が実施できる。実際、他のメガバンクである三菱東京UFJ銀行や三井住友銀行の合併においては、この原則が踏襲されてきた。

しかしながら、みずほにおいてはこの「三行対等の精神」がボトルネックとなった。

強者が弱者を合併するのであれば、どのシステムを残すかが明確だが、三行対等とお互いを立ててしまったために、リーダーシップの取り方が不明確になった。

結果として、三行を一行にしてコストを削減するのではなく、「みずほ銀行」と「みずほコーポレート銀行」という2行が新たに誕生するという中途半端な幕開けとなってしまう。

この「中途半端」の下には、各銀行、情報子会社、そして各銀行のシステムを担当するベンダーの暗闘があった。

情報システム部門に配属された銀行員は、自分が担当しているシステムがなくなれば担当業務もなくなってしまう。もといた銀行にはいられなくなり、子会社への転籍を余儀なくされる。

銀行員が子会社に転籍すると、年収が3割程度下がるのが一般的だ。情報システム子会社の社員は、仕事がなくなれば銀行員より少ない年収が減少したり、会社ごと売却される可能性もある。

実際に、旧さくら銀行の情報システム子会社だった「さくら情報システム」は、三井住友銀行の誕生により、システムが住友銀行側に片寄せされたことで仕事がなくなり、売却されてしまった。

IBM、富士通、日立といったITベンダーにも影響がある。担当してきた銀行のシステムがなくなれば、年間数百億円のビジネスがなくなる。

ベンダー社内で銀行のシステムを担当する社員は、年間の扱い額が大きいことから「出世コース」である。しかし、システム案件を失ってしまえばビジネスがなくなり、出世コースから外れることにもなり得る。

「旧三行のプライド」の裏には、もっとドロドロした個人的な感情や生活が渦巻いているのだ。