ここ数年、イギリスによるEU離脱について世界中が注目しています。
2011年頃からEU離脱を求める署名活動が活発化してきたイギリスでは、2015年に当時のキャメロン首相が国民投票の実施を掲げて選挙に勝利し、2016EU首脳会談ではEU側から一定の譲歩を引き出すなど、EU圏離脱についての機運が高まっていました。
そして2016年に、EU離脱の賛否を問う国民投票が行われ、離脱派が残留派を上回る結果となりました。その後のイギリス国内での政治的混乱もあって、国内政局のみならず、経済的な視点や国際法的の点からもさまざまな意見が交わされている状況です。
このようなイギリスのEU圏離脱の一連の動きを「ブレグジット」といい、世界的に大きな影響力をもつイギリスの一挙手一投足に注目が集まっています。
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ブレグジットとは
冒頭で説明したように、ブレグジット(Brexit)とは、イギリスのEU圏離脱に関する一連の動きのことをいい、もともとは「イギリス(Britain)」と「離脱(Exit)」を組み合わせた造語として知られています。
2016の国民投票の結果を受けて2017年3月29日、テリーザ・メイ首相はEUの離脱に関しての取り決めであるリスボン条約50条を発動してEU側に離脱を通告したものの、その後の総選挙などの影響で交渉がうまく進んでいない状況になっています。
国民投票自体は当時のキャメロン首相の読み違いという説が有力だったり、もともとの原因として、ブレア政権がスコットランドやアイルランドに広範な自治権を与えてしまったことを指摘したりする識者もいるなど、日本でもさまざまな意見が混在しています。
さまざまな論点で語ることのできるブレグジットですが、基本的なところを理解するために、まずはEUの成り立ちについて概要を押さえておく必要があります。
EU(欧州連合)とは
EUまでの歴史
EUの発足までを歴史的に辿っていくと、1952年にフランス、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、イタリア、旧西ドイツ(現ドイツ)の6カ国が欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)を設立したところまで遡ります。
もともとは、繰り返されてきた戦争に終止符を打つべく、当時の軍事力の基礎となっていた石炭と鉄鋼という重要な産業部門を、国家という枠組みを超えた視点から共同管理することが目的でした。
これが欧州統合の萌芽となり、1958年に
- 欧州経済共同体(EEC)
- 欧州原子力共同体(EURATOM)
が相次いで設立され、1967年にこれら3つが統合されるかたちで欧州共同体(EC)が誕生し、今のEU(欧州連合)の礎となりました。
EUについて
EUは欧州の国同士が政治的・経済的に独特な協力関係を持ち、主権国家としての機能の一部をEU全体を統括する機構に譲ることによって、特別な共同体として成立しました。
具体的には上述のEECを直接の母体として、1993年のマーストリヒト条約の締結で正式に創設されるに至り、統一された市場と共通通貨ユーロを有する現在の形態になったといえます。
なお、イギリスはEUの前身である欧州共同体(EC)に1973年に加盟しましたが、統一通貨であるユーロの導入はせず、独自通貨ポンドを堅持しています。

ブレグジットの背景
ブレグジットの背景にはイギリス国内・国外のさまざまな要因が絡み合っており、これまでも多くの論客や研究者がそれぞれの視点から原因を分析し、説明を試みています。
たとえば、いわゆるグローバリズム(超国家主義)に対するナショナリズムの興隆といわれたり、これまで欧州委員会がイギリスに対してさまざまな要求を突きつけてきたことに対する反発といった見方もあります。
このようにさまざまな点から分析が可能なわけですが、得に重要なポイントとして以下の点を挙げておきましょう。
経済

2010年にギリシアが財政破綻し、EU加盟国に大きな影響を与えました。いわゆるユーロ危機と呼ばれる現象ですが、これによってEU加盟国が深刻な金融危機に陥る可能性が高まりました。
その結果、ドイツなどの比較的財政的な力のある国と、そうではない東欧諸国などの国々との経済落差が広がることとなりました。
本来イギリスは、EUのようなヨーロッパを統合する動きには懐疑的な立場を堅持してきた国です。
ドイツやフランスなどが中心になって欧州の統合を進めてきたことに対し、イギリスはユーロを導入せず、自国通貨ポンドを維持しながら一定の距離を保ってきました。
そのため他のEU諸国よりはユーロ危機の影響は小さかったわけですが、イギリスは加盟国としてEUに多額の分担金の負担をすることで統合通貨ユーロの信認を担ってきた経緯があります。
その影響力は、ユーロ危機によって財政力が弱まった他の加盟国よりもはるかに大きなものだったのです。
そのため、ひとたびユーロ危機のような大きな経済危機が発生すると、支援のための財政的な負担を要求される懸念がありました。
そういったイレギュラーな負担金を一方的に支払わなければなることの反発から、EUに加盟していることに対する懐疑的な目が向けられるようになりました。
移民
移民問題もブレグジットの機運が高まった大きな原因といわれています。
これまでイギリスには、シリアなどの諸外国から移民や難民が大量に押し寄せてきている状況でした。
イギリスは、国内法で保護したり、逆にさまざまな制限を課したりしてきましたが、これがEUの法令に違反しているといった批判が主に欧州議会側からされていました。
EUにも欧州議会という直接選挙で選出される議会組織があり、議員の多くはかつてのヨーロッパ貴族に連なる人々です。
彼らはもともと国家という観念が希薄であり、EUにおける民主主義という名の下に、イギリスをはじめとした各国に様々な意見や命令を出してきた歴史があります。
移民問題に関しては、イギリスに対してEU法を基準として対応するように繰り返し求めてきました。
そうなると当然、イギリスとしては「国内法を優先すべきなのか、欧州議会が司るEU法を国内法の上に位置づけて順守すべきなのか」という問題が出てきます。
さらにイギリス国民のなかには、失業者を中心に「移民に不当に職を奪われている」と主張する人が増えてきました。
そういった背景のもと、国内の最高裁判所と欧州司法裁判所との間の見解の違いが鮮明になるにつれ、「イギリスはEUを離脱して独自の司法体系で移民を扱うべきだ」という意見が多数派になったという経緯があります。
EU加盟コスト
かねてからEU離脱派は、EU加盟状態では年間で190億ポンド以上のコストがかかると主張してきました。
これによって、本来国が負担できたはずの医療や教育に関する投資が疎かになってしまっているというわけです。
ただし、この主張には「EUからの返還金が織り込まれていない試算である」という反論や、そもそも「国の政策を緊縮財政から積極財政にシフトさせれば問題は解決できる」という意見もあります。
イギリス国内でも、それぞれの立場によって全く違う主張がされているわけです。
EU離脱手続きの流れ
イギリスがEUから離脱するためには、EU条約第50条に基づいた手続きを踏む必要があります。
これは2009年に発行されたEUの基本となる運営方法を定めたリスボン条約の一部であり、加盟国のEUからの離脱の権利と手続きについて規定しています。
離脱を望む国は欧州理事会にその旨を通告し、その後EU側と脱退協定の締結のための交渉を行う必要があるというものです。
交渉の内容自体に明確な定めはありませんが、脱退のための協定が発効される日から離脱国にEU法が適用されなくなります。
現在のイギリスは、まさにEU条約第50条に基づいた離脱交渉が続いている最中です。
ブレグジットがイギリスにもたらす影響
それでは、ブレグジットがイギリスにもたらす影響について簡単に説明しておきましょう。
イギリスがEUを離脱することによって、イギリスの中心であるロンドンの国際的な地位が落ちるかもしれません。
つまり、欧州の中心的な市場としての地位から陥落してしまう可能性があるということです。
そんななか、イギリスがEUを離脱することによって、市場の中枢を担うような企業がロンドンから離れてしまう可能性はゼロではありません。
そうなると、大量の失業者が生まれてしまうかもしれないのです。
しかしその一方で、たとえEU加盟国ではなくても、イギリスとEU双方が経済的利益のために速やかに経済協力協定を結ぶことができれば、必ずしもそういった危機は訪れないという意見もあります。
EU側への影響
ブレグジットは当然、EU側へも多大な影響を与えます。
上述のように、これまでイギリスはEU加盟国としてユーロの信認の一端を担ってきた存在です。
その影響力は東欧諸国とは比べ物にならないほど大きく、いざという際の資金的なリスクヘッジの役割を担っていたといえます。
そのイギリスがEUを離脱するということは、統合通貨としてのユーロの信認にマイナスの影響を与えてしまうのは当然の流れでしょう。
また、イギリスに対して輸出入が多い国々も大きな影響を受けることになります。
ベルギーやスペイン、フランスなどはイギリスとの間に輸出入が多く、ブレグジットの影響でポンド安が進んだことによって輸出による利益が減少する可能性があります。
為替への影響
ブレグジットはイギリスの為替にも大きな影響を与え、これまで3割ほどポンド安が進むことになりました。
これによって輸出が増えたことや、観光客の増加などプラスの面もありましたが、国内向けに緊縮財政を敷いてしまったことによる弊害が出ていることは否めません。
また、もともとイギリスのロンドン(シティ・オブ・ロンドン)には巨大な株式市場があり、さまざまな企業がさかんに取引をしています。
それがEUの離脱をきっかけに、パリやフランクフルトなどの他の都市に市場の中枢が移動してしまう可能性もあり、今後の動向に注目が集まっています。
日本・日本企業への影響
ブレグジットは、日本にも大きな影響を与えることになります。以下に重要と思われる4つのポイントを紹介します。
欧州戦略の見直し
ブレグジットによって、イギリスに拠点を置く企業は輸出コストの増大や、企業戦略そのものを見直す必要に迫られる可能性が考えられます。
イギリスを拠点としている企業には卸売業や製造業が多く、EU離脱によってイギリスとの貿易に関税がかかるようになれば、収益が減少してしまいます。
さらにはイギリス国内の為替の状況がダイレクトに影響してくるようになるため、輸出産業は大きな影響を受けることになります。
拠点の変更
たとえばイギリスがEUに加盟状態なら、一度EU側に話を通しておきさえすれば、イギリスをはじめ他のEU加盟国に支社を出す場合にも国内と同じようにスムーズに支社を出していくことができるようになります。
しかしイギリスが離脱した状態では、イギリスにしか海外拠点のない企業はEU加盟国に支社を出すために、もう一度EU側に面倒な申請をしなければならなくなるというデメリットが出てきます。
そのため拠点そのものを変更せざるを得なくなる企業も出てくるでしょう。
サプライチェーン
EU諸国とイギリスを介在してサプライチェーンを構築している企業にも当然、影響が出てきます。特に製造業者のイギリスへの進出が多い日本では、そのインパクトは非常に大きいものになるでしょう。
部品や原材料、完成した製品の輸出入に関して関税が課されるようになると、それがそのままコストとなって積み上がることになります。
自動車業界など関税の影響が大きい企業は、サプライヤー自体の見直しも視野に入れる必要が出てくるかもしれません。
人材
ブレグジットは企業の人材管理にも影響を与えることになります。
特にイギリスとEU諸国間をまたぐ人材を登用する場合、その異動をどうするかといった問題が生じます。
これまで比較的自由に行き来が可能だったところから、通常の国家間の異動プロセスを経る必要があるということで、手続き上の手間が増えることは間違いないでしょう。
ブレグジットの動向を注視しよう
ブレグジットについて様々な観点から説明してきましたが、いかがだったでしょうか?
さまざまな論点から語られることの多い問題だけに、その概要を押さえるだけでもさまざな知識が必要になってきます。一概に離脱の善し悪しを語ることは難しいですが、ぜひ自分なりに要点を整理してみてください。
特に重要なポイントとして「経済」「移民」「国内法と国際法」といった点がありますから、これらの観点から現在の状況を見直してみると理解が進むと思います。