細田守監督「未来のミライ」には、ジブリの背景美が受け継がれていた

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記事の情報は2018-07-16時点のものです。

細田守監督作品「未来のミライ」がいよいよ本日公開。第71回カンヌ国際映画祭・監督週間で上映され、公開前から国内外でも注目を集める作品だが、その見どころはストーリーだけではない。真っ青な空、切なくなるような夕日など、背景の美しさに見る人は目を奪われる。「未来のミライ」で背景美術を手掛けるのは、スタジオジブリで手描きによる技術を磨いてきた制作チームだ。本記事では、そのチームを率いる美術監督髙松洋平氏にお話を伺い、作品について、自身の働き方についてなど語っていただいた。

美術監督は「監督の考える世界を背景画に反映する」仕事

そもそもアニメーションの美術監督とは、どんな仕事なのか?髙松氏に聞いた。

「監督が言葉で投げてきたイメージを絵にして返す仕事。監督の考える作品の背景世界観を理解してそれを絵に反映して、背景画全体をまとめ上げる仕事です。」(髙松氏)

具体的には以下のような工程があるという。

絵コンテを読む
   ↓
作品全体を考えながら各シーンの美術ボードを描く(背景画の方向性の決定)
   ↓
監督OKの出た美術ボードを元に本番の背景画を描く(美術監督の下には何人ものスタッフが付き、そのスタッフに背景世界の方向性を指示し1枚1枚描いてもらう)
   ↓
背景スタッフの描いた本番背景画をチェック修正して1本の映画につながる様にする
   ↓
監督に1枚ずつチェックしてもらう
   ↓
全部OKが出たら終了

「未来のミライ」では、公開までのこの工程に1年半かけたという。他の作品と比べて難しかった点について、髙松氏はこう話している。

「未来のミライ」はストーリーで盛り上げる作品ではないので、背景をダイナミックに動かして画面を盛り上げるカットがかなり増えました。そういうカットは作業内容が大幅にアップするため、大変でした。すべてのシーンにこだわりがあります。(髙松氏)

背景画が主役になる「最高の瞬間」とは

髙松氏がアニメーションの世界を志したのは大学在学中のこと。アニメーション制作サークルで活動し、油絵学科に在籍したため、卒業制作もアニメーションだったという。その当時流行っていたアニメ作品全般に影響を受け、特にエヴァンゲリオン、人狼、もののけ姫などの大ヒットを見て、若き彼は「自分もそこに作り手として関わりたい」という夢を持った。

髙松氏は、この仕事のやりがいについて、次のように語っている。

「背景美術の中で、BG onlyというものがあります。キャラがおらず、ほぼ背景のみ。背景美術の中では花形と言える重要なカットです。

映画館で自分が関わった作品を見ているとき、そのBG onlyで、客席から「きれい」と声が漏れてきたときは、最高の瞬間です。たった数秒間ですが、私の描いた背景画がその劇場空間の主役になれるのです。」(髙松氏)

髙松氏のキャリアを見れば、恵まれた環境で仕事をしてきたと思う人も多いかもしれない。しかし運だけでヒット作に携われるほど、この業界は甘くない。高松氏が、実力を磨くためにどれほどの努力を重ねてきたか、我々には到底想像もつかない領域だ。

トップクリエイターが考えるアニメ業界の課題とは

6月に成立した働き方改革関連法案。各企業・業界が対応を迫られる中、アニメーション業界も転換期に差しかかっている。時間で区切ることが難しく、生産性をあげるという議論だけでは語れない、アニメーションの仕事について、トップクリエイターである髙松氏はどう考えているのだろうか。

「君の名は」が社会現象を生んだ後、アニメコンテンツを倍増する流れがあったという。しかしタイトル数をむやみに増加させることが、クオリティ低下や人手不足などを招くと、髙松氏は懸念している。

「CGソフトの性能向上で、同じマンパワーから生産される映像密度は以前よりもはるかに上がってきています。しかしツールの向上より、タイトル数の増加が上回っています。十分なスタッフが集まらずに、頓挫する企画が多いのです。またタイトル数の増加に生産能力がおいつかず、クオリティ低下が懸念されます。」(髙松氏)

実際、2016年の「君の名は」が大ヒットしたことにより、日本のアニメーション産業市場は2兆円を超えたと日本動画協会は試算している。政府もクールジャパンの象徴として世界へ発信しており、需要と供給のバランスの中でどこまでクオリティを維持できるかは大きな課題だ。

また、映画がどんなにヒットしても、制作側にそれが還元される仕組みにはなっていないのが今のアニメーション業界の現状である。世界に誇る日本のアニメーション産業を衰退させないためには、業界全体として仕組みや働き方を見直し、才能あるクリエイターが安心して働ける環境づくりを進めていかなくてはならないだろう。

アニメ業界を目指す若きクリエイターたちへ

最後に、髙松氏からこの業界を目指す若い人たちへ向けて、メッセージをいただいた。

私が10代後半の時で社会現象になったアニメ作品は、初代エヴァンゲリオン、もののけ姫などでした。今の若い人たちは「君の名は」がまさにそれでしょう。そういう社会現象に消費者としてではなく作り手として参加したかった

大ヒット作の直後にこの業界に入る人が増えることはよくあります。私もその一人。今、まさにアニメ業界を目指そうか迷っている人は多いかもしれません。

安易にお誘いすることのできない厳しい世界ですが、自分は後悔していません。実力さえあればちゃんと食べてはいけますし、結婚して家庭を築くスタッフもちゃんといます。

このご時世多くの業界が厳しいです。同じ厳しさなら夢の持てるほうを、私は選びます。

なりたい職業を聞かれて「安定していればいい」と答える子どもが増えているという。そんな子どもたちに、我々大人は「仕事に夢を持て」と語れるだろうか。

髙松氏の言葉は、働くすべての大人たちに問いかけているようだ。やりがいとはなにか、夢はなにか、と。

「未来のミライ」背景画を見られるイベントも

7月25日(水)~9月17日(月・祝)までの期間、東京ドームシティGallery AaMoにて、「未来のミライ展~時を越える細田守の世界『時をかける少女』『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』」が開催される。

背景画や原画などを生で見られる貴重な機会、ぜひ映画と合わせて足を運びたい。