狙うは「全地球」 アマゾン、グーグルも進める成層圏と低軌道からのブロードバンド

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記事の情報は2019-09-05時点のものです。

地球上には、インターネット接続や電話すら不可能な地域が今も多い。そこで、成層圏を飛ぶHAPS飛行機、地球低軌道(LEO)人工衛星などによる、高速インターネット接続サービスが検討され、実現に向かって進み始めた。グーグルやアマゾン、スペース・エックスなどの取り組みをみていこう。ターゲットエリアは「全地球」だ。
狙うは「全地球」 アマゾン、グーグルも進める成層圏と低軌道からのブロードバンド

地球上のあらゆる場所でネット接続

次世代モバイル通信方式の5Gに対応した商用サービスが、世界各地で提供され始めた。日本での正式サービス開始は2020年春ごろの予定だが、試験的なサービス提供は2019年7月に開催された野外音楽フェスティバル「FUJI ROCK FESTIVAL '19」で行われ、秋のラグビー・ワールドカップ日本大会でも試験サービス提供が計画されている。

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日本のようなインフラの発達した地域で生活していると、どこにいても高速なインターネット接続サービスが利用できるように感じてしまう。しかし地球には、4Gや5Gといった高速なモバイルネットワークどころか、インターネット接続や電話で話すことすら不可能な地域が今も多く存在する。未開のジャングル、広大な砂漠、急峻(きゅうしゅん)な山岳地帯、厳しい環境の極地などは電力の確保や通信インフラの整備が困難で、モバイルネットワーク用の基地局を建設、維持できない。そんな場所にも、暮らしている人はいる。

「インマルサット」や「イリジウム」など、人工衛星を一種の基地局にする衛星モバイル通信サービスはあるものの、コストは高く、通信速度も遅い。特殊な用途のサービスで、一般的な消費者が使うようなものではない。

これに対し、地球上のあらゆる場所へ消費者向けインターネット接続サービスを届けようとする取り組みが始まっている。キーワードは、成層圏、高高度疑似衛星(HAPS)、地球低軌道(LEO)人工衛星、衛星コンステレーションなどだ。

気流の安定した成層圏を利用するHAPS

成層圏とは、高度が10kmから50km程度に位置する大気圏内の空間。地表と海面に直接影響を及ぼす低気圧や高気圧といった気象現象が発生する対流圏の上にある領域で、気流や気圧が安定している。

一方のHAPSは、成層圏を飛行する航空機を指す用語だ。通常の飛行機が対流圏を飛ぶのに対し、HAPSは成層圏を飛ぶ。成層圏は気流の変動が少なく、飛行機を安定して長い期間にわって連続飛行させられるそうだ。飛行機より高いところを飛びつつ、人工衛星と同様の用途に使えることから、高高度疑似衛星(HAPS:High Altitude Pseudo-Satellite)と呼ばれる。

このようなHAPSを利用して、地上に基地局を設けることの難しい地域へインターネット接続サービスを提供する試みが行われている。

グーグルのHAPSは気球

グーグルの兄弟会社、ルーンが開発しているHAPSは、飛行機でなく気球だ。

気球というと行き先は風まかせで制御できず、どこへ飛んでいくか分からず基地局として使えないように感じる。ところが、成層圏の気流は安定しており、気球の動きをある程度予想できるらしい。また、風船に入れる空気の量を変えて高度を制御すれば、狙った方角へ向かう風に乗り、ある地域の上空に長期間滞空することも可能だという。

出典:Loon / Press

たとえば、ルーンがカリブ海のプエルトリコから飛ばした気球「P-496」は、地球を1周した後、南米沖の太平洋上空で約140日滞空する制御試験に成功した。

出典:Loon / LinkedIn

エアバスはソーラー飛行機

航空機メーカーのエアバスは、翼のソーラー発電パネルで発電した電力で飛ぶ電動プロペラ機「Zephyr」を使い、HAPSの可能性を検討している。Zephyrは無人航空機(UAV)で、固定翼タイプのドローンである。

成層圏は曇ることがないため、昼間は雲に遮られず常に太陽光発電できる。発電できない夜間は、バッテリーにためた電力で飛行する。このようにして飛ばしたZephyrの小型モデル「Zephyr S」は、成層圏を26日弱も連続飛行できた。気球より複雑でコストはかかる一方、制御しやすい点がメリットだ。

出典:エアバス / Airbus Zephyr Solar High Altitude Pseudo-Satellite flies for longer than any other aircraft during its successful maiden flight

ソフトバンク傘下企業も成層圏で試験飛行へ

HAPS市場には、ソフトバンク傘下のHAPSモバイルという日本企業も参入している。

HAPSモバイルは、UAVからの通信サービス提供を目指す企業。開発したソーラー発電UAV「HAWK30」の成層圏飛行を試験するため、米連邦航空局(FAA)から許可を取得済みだ。

出典:HAPSモバイル / HAPSモバイル

なお、HAPSモバイルはHAPS通信サービスの実現に向けてルーンと提携しているほか、同様のサービス展開を検討しているフェイスブックとも協力関係にある。

LEO人工衛星による衛星コンステレーション

HAPSは盛り上がっているが、気球や飛行機だけで広い範囲のカバーは現実的でない。そうなると、やはり人工衛星の活用が必要だろう。

ただ、以下で紹介する取り組みは、従来の衛星モバイル通信サービスとは規模が違う。低い高度で地球を周回するLEO人工衛星をけた違いに数多く軌道へ投入し、それらを連携させる衛星コンステレーションで、高速なインターネット接続サービスを提供しようとしている。

1万2,000機の人工衛星を軌道投入

この大規模な衛星コンステレーション計画を実行している企業の1つは、イーロン・マスク氏率いるロケット打ち上げ会社、スペース・エックスである。

スペース・エックスは、最終的に1万2,000機もの人工衛星で衛星インターネット接続サービスを提供する「Starlink」計画を進行中。実際、第一弾となる60機を一気に打ち上げ、軌道投入を見事成功させた。

サービス開始までには、まだ数多くの人工衛星を軌道に投入しなければならない。ただ、ロケット業界で革新的な技術を実用化してきたスペース・エックスなら、実現できるかもしれない。

アマゾンやフェイスブックも

Starlinkと同様の計画は、アマゾンも進めている。「Project Kuiper」という計画で数千機の衛星コンステレーションを構築し、高速なインターネットを実現させるという。

そして、フェイスブックにも「Athena」という計画がある。さらに、ワンウェブという先行企業も忘れてはならない。衛星コンステレーションというアイデアそのものも以前からあり、人工衛星の数は少ないがイリジウムも衛星コンステレーションで構築されたサービスだ。

大量の“宇宙ごみ”にどう対処するか

グーグルやアマゾンなどの企業にとって、インターネットにアクセスできる人の数を増やすことは、事業拡大に直結する。そのため、HAPSや衛星コンステレーションがここに来て次々と実行に移され始めたのだろう。

こうした大規模な衛星コンステレーションに対しては、大量の人工衛星が地球の周囲を飛ぶことから、天体観測の妨げになりかねない、と懸念されている。ただし、これについては、低軌道なので心配しなくて済む、という意見がある。

また、故障したり寿命を迎えたりした人工衛星を速やかに大気圏に突入させて処分しないと、管理不能なスペースデブリ(宇宙ごみ)になってしまう。デブリがあまりに多くなれば、人工衛星とデブリの衝突、デブリ同士の衝突でデブリが加速度的に増える「ケスラーシンドローム」へ至る。

軌道を漂うデブリの密度が高いと、ロケットを打ち上げることや、人工衛星を軌道投入することが不可能になり、宇宙開発の道が閉ざされてしまう。Starlinkなどの計画を進めるにあたっては、そのような事態を未然に防ぐ方策の検討も欠かせない。