バウハウスとは | 開校100周年でもデザイン界への影響が健在なワケ

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現代のデザイン界にも大きな影響を与えている総合的造形学校「バウハウス」が2019年に開校100周年となり、日本でも「バウハウス100ジャパン」と題したプロジェクトが展開されます。たった14年間の開校期間にもかかわらず、今なお世界中に大きな影響を与えているバウハウスの概要と、その影響について解説します。
バウハウスとは | 開校100周年でもデザイン界への影響が健在なワケ

バウハウスとは

デザインや美術を学んだことのある人なら、一度は「バウハウス」の名を聞いたことがあるでしょう。第一次世界大戦後の1919年にドイツのワイマールで設立された美術学校「バウハウス」は、当時ヨーロッパで最先端のデザインや造形、建築などを学べる教育機関でした。

教授陣には、建築界の四大巨匠の一人であるヴァルター・グロピウスを中心に、ワシリー・カンディンスキー、モホリ=ナジ、ミース・ファン・デル・ローエといった現代美術・デザイン界に大きな影響を与えた逸材が集結しました。バウハウスでは、絵画や彫刻、工芸、建築、そして写真と、造形に関わる総合的かつ専門的な講座が開かれていました。

2019年、開校100周年を迎えてますます注目

1933年、バウハウスは惜しくも当時の政治状況によって僅か14年間で閉校してしまいました。しかし、すべての芸術の統合を目指した姿勢は幅広い分野の造形教育の基礎となり、閉校後数十年を経た今でも、世界中に影響を与えています。

2018年6月、バウハウスで再発見された当時のタイポグラフィのスケッチや、未発表の文字の断片をもとに復刻された5つのアルファベットフォントが、話題になっています。また、来年(2019年)にはバウハウス設立100周年を迎えることを受け、世界中でさまざまな催しが開かれることになっています。

バウハウスのルーツ

現代デザインの源流となったバウハウスのルーツは、19世紀末のイギリスにおけるアーツ・アンド・クラフツ運動にまで遡ります。当時は産業革命によって質の低い工業製品が大量に出回っており、その反発から、より大衆社会にふさわしい生活と芸術が一体となった造形が求められていました。

1907年、当時のプロイセン政府がドイツ工作連盟を設立しました。連盟の理念がヴァルター・グロピウスなどに引き継がれることで、1919年に造形に関する総合教育の場としてバウハウスが設立されます。

14年間しか続かなかったバウハウス

こうしてバウハウスでは、初代校長であるグロピウスを中心にすべての芸術・工芸の統合を目指す最先端の教育システムが確立され、基礎教育と実践が学べる場として注目を集めるようになりました。

しかし、1925年、ワイマール共和国の混乱により閉鎖を余儀なくされます。同年にドイツ国内のデッサウで再起を果たしますが、当時デッサウにまで勢力を伸ばしていたナチスドイツによって州政府にバウハウスの解体動議が出され、廃校へと追い込まれていきます。

その後、なんとか私立学校として再び活動しようと試みます。しかし、1933年にナチスが学校を完全封鎖したことにより、バウハウスはたった14年間の歴史に幕を閉じてしまいます。

今なお影響を与え続けているバウハウスデザイン

このように、僅か14年間しか行われなかったバウハウスでの教育ですが、その革新的な教育システムと、すべての芸術・工芸を統合するという試みは、その後の現代デザインに大きな影響を与えています。そのエッセンスを簡単に紹介しておきましょう。

タイポグラフィ

バウハウスでは、直線を活かした合理的で読みやすいタイポグラフィが研究され、活字を視覚的言語として捉えた幾何学的なデザインが多く発表されました。

当時の広告デザインの世界では、特にバウハウスのタイポグラフィが人気となり、現代のWebデザインにも強い影響が残っています。先述のように、最近バウハウスの失われたフォントをアドビが復刻し、デザイン界で話題となっています。

シンプルなデザイン

初代校長であるグロピウスらを中心に、それまでの様式建築からシンプルな機能美へと、建築の価値観の転換が図られました。

コンクリートや鉄筋、ガラスといった近代的な素材を積極的に活用したデザインは現代でも多く用いられており、バウハウスの影響力が各方面に強く残っているのが窺えます。同じような要素を用いて階層構造をつくるといったデザインも特徴的です。

色彩

色の働きに関する考え方も現代に大きな影響を残しています。特にヨハネス・イッテンによる「色彩論」は有名で、グラフィックデザインの世界では必読書の一つといわれています。

配色理論の基礎が教えられ、色同士がいかに調和するかを実践によって体得することを重視した教育が行われました。理論化と実践の繰り返しを重視したわけです。

グリッド

グリッドによって視覚領域を合理的に管理することも、バウハウスのデザインで多くみられます。

グリッドの源流を辿るとスイス・スタイルという様式にいたるといわれますが、もともとはバウハウスを中心としたタイポグラフィ理論の発展系でもあります。いわば現代のグラフィックデザインを象徴する様式の基礎を築いたのがバウハウスなのです。グリッドシステムも現代のWebデザインなどの分野に広く活かされています。

バウハウスの教授たち

冒頭でも述べたように、バウハウスではさまざまなジャンルの有名デザイナー達が教授として招かれ、教鞭をふるいました。それぞれの分野ごとに簡単に紹介していきます。

建築家

  • ヴァルター・グロピウス

近代建築を代表する四代巨匠の一人であり、バウハウスの設立者。初代校長を務め、総合芸術としての建築教育を目指した。

  • アルフレート・アルント

1921年から1926年までバウハウスに学生として在籍した後、フリーの建築家となり、1929年からバウハウスのマイスターとなる。内装工房や内装設計、デザイン画や遠近法を教えた。

  • ハンネス・マイヤー

スイス出身の建築家。1928年からバウハウスの2代目の校長となり建築課程を本格的に設置した。

  • マルセル・ブロイヤー

建築家であり家具デザイナー。もともとバウハウスの家具工房の学生であり、後には同校で教鞭もとった。曲げた金属パイプを使用した「ワシリー・チェア」が有名。

  • ルートヴィッヒ・ヒルバースアイマー

建築家、都市計画者。ベルリンを中心に住宅や商店の建築を手がけ、バウハウスでは建築理論の主任であり、後に都市建築の講義を受け持つようになった。

  • ルートヴィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエ

グロピウスと並ぶ近代建築を代表する四大巨匠の一人。バウハウスの校長をつとめた。機能性を重視したモダニズム建築のコンセプトを体現した建築家。

画家

  • パウル・クレー

スイス出身の画家。独特の作風で有名。現代芸術の先駆けといわれる。1921年から1931年までバウハウスで教鞭をとった。

  • ヨハネス・イッテン

スイスの芸術家であり教育者。独自の造形理論・色彩論・形態論を展開した。特に色彩論は現代のデザイン界にも大きな影響を与えている。

  • ゲオルク・ムッへ

画家、版画家。1920年からバウハウスのマイスターとなる。名作住宅と評されるハウス・アム・ホルンという建築物は彼とバウハウスの学生の手によるもの。

  • ヨーゼフ・アルバース

バウハウスで学んだ後、教鞭をとるようになった美術家。色彩と形態に関する研究を深めた。同校閉鎖後はアメリカに移住し、バウハウス的教育理念をアメリカにもたらした。

  • モホリ・ナジ・ラスロー

ハンガリー人の画家。写真家でもありタイポグラファーでもあった。ドイツ亡命後、バウハウスに招聘された。同校では写真を軸に絵画や彫刻、工芸、建築と多岐にわたって制作活動を行った。

  • ライオネル・ファイニンガー

アメリカ生まれの画家。1919年からバウハウスで教鞭をとる。生涯にわたって多様な作風の作品を発表した。

  • ヴァシリー・カンディンスキー

ロシア出身の画家、美術理論家。抽象絵画の創始者ともいわれる。革命後のソ連に渡り政治委員なども務める。その後再びドイツに向かい1922年からバウハウスで教官を務める。

  • ヘルベルト・バイヤー

オーストリア出身の画家、デザイナー。1921年からバウハウスで学び、1925年から広告やレイアウト、タイポグラフィーの教官となる。その後ベルリンでグラフィックデザイナーとして活躍し、1938年にアメリカに移住後も幅広い分野で活動を続けた。

彫刻家

  • ヨースト・シュミット

彫刻家であり印刷技術者。1919年からバウハウスに学生として在籍。木彫を学び、1925年から同校の教官となる。閉鎖後は出版社で地図製作の仕事などを行う。

  • ゲルハルト・マルクス

ベルリン生まれの彫刻家。1919年から1925年までバウハウスのマイスターを務めた後、陶磁器工房の主任となる。ベルリン、ケルンと移住し、たびたび展覧会を開く。

その他

  • ヴァルター・ペーターハンス

フランクフルト生まれの写真家。1927年、ベルリンに写真スタジオを開いて活動した後、1929年から1933年までバウハウスの写真部で教鞭をとる。

  • グンダ・シュテルツル

ミュンヘン生まれの織物師。バウハウスで学んだ後、織物工房を設立。1925年から31年までバウハウスで教鞭をとる。

  • ゲルトルート・グルノウ

ベルリンに生まれ、音楽家としての教育を受けた後、1919年からバウハウスの音楽教育者として「調和論」を教える。

100周年を記念してイベントも目白押し

現在のデザインにも多大な影響を与え続けているバウハウスデザインの概要と沿革、所属していた代表的な美術家や造形作家を紹介してきました。

2019年には開校100周年を迎えるバウハウスを称え、さまざまな催しが開催されます。日本でも「バウハウス100周年委員会」が発足しました。向こう3年の間に「バウハウス100ジャパン」と題したプロジェクトが展開され、ミサワホーム総合研究所などが参加する予定となっています。

デザインや造形に興味をもっていない人も、ぜひこの機会にバウハウスに注目してみてはいかがでしょうか。