最低賃金を値上げすべき「本当の理由」

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記事の情報は2018-09-30時点のものです。

10月から最低賃金の値上げが予定されている。東京では10月1日から時間額985円に、大阪は936円、愛知は898円、福岡は814円、北海道は835円となり上昇の一途を辿っている。一方で、青森や秋田など宮城以外の東北地方や、島根・鳥取の山陰、長崎や鹿児島といった福岡以外の九州地方、沖縄は軒並み762円前後で、東京との開きは縮まらない。2019年10月に消費税増税を控え、最低賃金値上げを歓迎する声は大きいが、最低賃金を上昇させ続けるべき「本当の理由」とは何か考察したい。
最低賃金を値上げすべき「本当の理由」

最低賃金をどうとらえるかということほど、”働くこと”に関するその人の価値観が顕著になるテーマはないだろう。ある人は「少しでもあげてもらいたい」と、自らが最低賃金で働くことを想定して語り、そしてある人は「これでは企業がつぶれてしまう」と経営サイドに思いをはせる。そしてある人は「むしろ最賃なんてなくていい」とすら考える。各種イデオロギーが交錯し、さまざまな価値観・労働観が一気に露呈するこの最低賃金について、考えていこう。

日本における最低賃金の状況

まず現在の最低賃金は、もっとも高い東京都で958円。全国平均は848円となっている。

これは、10月1日にはアップする予定だ。東京都で26円の値上がりとなる。最低賃金は上がり続けており、今回は最大引き上げ幅だと厚生労働省はポスター等でアピールしている。

この背景には、好調な経済がある。経済が好調だといっても、経済政策の評価にはいろいろな見方があるのでここでは触れないが、確実な背景として挙げられるのが団塊の世代の大量離職による人材難だ。

内閣府や統計局の調査によると、彼らは正社員率が極めて高かった。よって、一斉に離職したことで、働く人たちの人口構造が変化し、日本は一気に人手不足へと陥っている。こうした事情を背景に、一気に最低賃金が引き上げられた。

東京・大阪の最低賃金は上昇の一途

東京では10月1日から時間額985円に、大阪は936円、愛知は898円、福岡は814円、北海道は835円となる。飲食店など、パート・アルバイトが多く働く企業では、時給アップを余儀なくされるケースも少なくない。人件費高騰によるコスト増だけではなく、働き方改革の煽りを受けて、24時間営業の見直しを進めるなど、収益を揺るがす自体にも発展していると聞く。

一方で、青森や秋田など宮城以外の東北地方や、島根・鳥取の山陰、長崎や鹿児島といった福岡以外の九州地方、沖縄は軒並み762円前後で、東京との開きは縮まらない。上昇し続ける最低賃金については、物議を醸し出しているのが現状だ。

最低賃金の値上げに対し、労働側の状況は

最低賃金で働き、フルタイムで160時間勤務したとしても月収は約13万5,000円(全国平均値にて算出)。いくら地方であっても厳しい金額である。非正規雇用が増えたいま、この収入で生計を立てている人も少なくないだろう。東京都の場合は約15万3,000円。単身者の生活保護費が13万円前後であることからしても、福祉の一歩手前となる。

年収は200万円を切る。実際はここから所得税・住民税が引かれ、国保と年金を収めなければならないため、手取りは貧困ラインになることだろう。ただし、これは責任を伴わない、気楽な仕事であることは事実だ。まれに、低賃金の仕事に過剰な職業意識を求める経営者もいるが、昨今はそうしたブラック企業への風当たりが極めて強くなっている。

労働側は「逃げる」ことを選択肢として入れやすくなってきた。低賃金でハードワークという、無謀な働き方に対し、世論も厳しくなりつつある。同時に、「逃げるべき」という価値観も醸造されつつあるのではないだろうか。

とはいえ、最低賃金の値上げによって給与アップがあるとしても、26円といった、非常にちまちました賃上げが多いことも特徴だ。これだと実際は月に4,100円ほどしか上がらず、値上がり幅としてはあまり芳しくない。

最低賃金法は昭和34年(1959年)施行のもので、比較的古くからある法律だ。労働者を守る側面がある。昔は時給で生計を立てる人が少なかったと思うだろうか。港湾労働などは日給(日給も労働時間で割れば最低時給が適用される)ベースで計算されるため、古くからこの方式で働いている人はこの日本にも大勢いるのだ。正社員だけが人生ではない。

最低賃金上昇をめぐる、経営側の状況

非正規雇用の人件費は雇用側にとっては「変動費」だ。固定費ではないため、会社の売上に応じて左右できるという大きな特徴がある。業績に応じて利用状況が動きやすく、柔軟に雇用の調整弁とすることができるため、変動費への切り替えは進んでいる。

しかし、これでは従業員がどの程度、業務にコミットしてくれるか読めないリスクもはらむ。まだまだ、大半の経営者にとっては、仮に時給労働であっても仕事に強く責任感を感じてほしいと考えるものだ。しかし、後述するように、昨今の状況ではそれはブラック企業のそしりを免れないだろう。

最低賃金を引き上げる外国の状況

韓国では約30%もの最低時給の賃上げが行われ、さまざまな反響を呼んでいる。韓国はムン大統領の主導のもと、毎年10%以上の最低賃金引き上げを行っている。このまま行くと、2019年には、日本の最低賃金を上回る勢いだ。

ただし、「人件費が高騰して経営が追いつかない」と事業主から、そして、働き口が減少すると一部の、未熟練労働者からの反発が起きている。世論を二分し、さまざまな経営者と働き手を巻き込みながら、大きな改革が行われようとしている。

ちなみに、マレーシアやモンゴルなどアジア各国でも最低賃金の値上げが続々と発表された。海外からの労働力を獲得するハードルも、じわりと上がり始めている。

最低賃金にまつわる日本の本質的な課題とは

ひるがえって、日本である。この最低賃金の問題は、どのような影響を及ぼすだろうか。注目すべきは、社会問題と化そうとしている非正規雇用および派遣社員の問題ではないかと考える。

パート・アルバイトが非正規雇用の7割を占めるが、家計の補助として働いている側面があり、派遣社員は全体のわずか7%。しかし、派遣社員の在り方を放置すると、貧困と、その結果としての福祉が増大することに着目したい。

今年の9月に、改正労働者派遣法の施行から3年となる。これは、正社員雇用の転換を防ぐ「派遣切り」が横行し、日本全国で失業者が一気に出る悪法が招いた事態だ。「派遣で雇用されて3年が経過すれば、無期雇用に転換できる」。この法律がもたらした弊害は大きい。

”悪法”という表現が、筆者の主観や価値観を投影し過ぎなのであれば、次の状況を考えてみよう。この改正労働者派遣法は、次のような事象を全国で引き起こしている。

表面的には、失業者の一時的な増加である。

正規雇用にしたくないために、雇用側は3年経ったら派遣社員との雇用契約を打ち切る。現在は人手不足のため、次の仕事は見つかるだろうが、問題はそれだけではない。3年で打ち切ることができるため、企業側が派遣労働者に、低スキルの仕事しか与えないということになってしまうのだ。

そして、3年、6年、9年が経過したとき、市場には低スキルの労働者が残されてしまう。つまり、格差が大きくなってしまうのである。そして、これらの低スキル労働者は、「スキルアップを怠った労働者側の自己責任」と呼ばれてしまう。

失業は物理的な帰結に過ぎず、ことの本質は、いたずらに、巧妙に、誰も望まない形で格差が広がってしまうことにある。

さらに、いま政府が進めようとしている同一労働同一賃金が実施されたときにこの問題は露呈し「低スキルなのだから、低賃金なのは当たり前」という風潮を形成してしまう。これを大きな問題と考えずして、何を問題とすべきだろうか。

そして繰り返しになるが世論が彼らを「自己責任」と呼ぶのはあまりにも無知であり、酷である。こうした格差は誰も望まない形で訪れており、また同時に、最低賃金のアップと自らのスキルアップを、国や企業に委ねることの怖さでもある。