BOXIL SaaSの口コミデータから見る、SaaSプロダクト動向
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SaaSに関する情報はVCやスタートアップから日々活発に発信され、業界全体で知見やノウハウなどが共有されています。ARR、ARPU、Churn rateなど、主要なSaaSメトリクスについては、すでに様々な分析がされていますが、SaaSプロダクトの口コミ・レビューといった、プロダクトのより詳細な評価を題材にした分析や議論はあまり見かけないのではないでしょうか。
そこで今回は、「BOXIL SaaS(ボクシル サース)」のレビュー情報を使ったSaaSプロダクトの動向・評価分析を試みます。
BOXIL SaaSの掲載数
2022年2月時点でBOXIL SaaSに掲載されている情報量としては、サービス数が2,158件、企業数が905社、カテゴリ数が261件、レビュー件数(口コミ件数)が13,207件でした。
BOXIL SaaSは2015年4月にリリースされています。以後、単調な線形増加ではないでしょうが、年間で308件のサービス、130社の企業、1,886件のレビューが追加されてきた計算になります。
レビュー件数の分布
下図は、BOXIL SaaSへの1企業あたりの掲載サービス数(左)、同1サービスあたりのレビュー件数(中)、1企業あたりのレビュー件数(右)をグラフにまとめたものです。
1企業あたりの掲載サービス数の平均値は1.7件ですが、グラフで分布を見ると、69%に相当する627社が1件でした。また2件以下で全体の86%を占めています。
1サービスあたりのレビュー件数は約6.1件です。しかし分布を見ると、0件のサービスが56%となっており、1件以上ついているのは全体の44%、10件以上ついているのは全体の10%でした。つまり、レビュー件数の多いサービスが平均値を押し上げてると考えられます。
最後に、1企業あたりのレビュー件数の平均値は10件でしたが、これも分布を見ると、0件が49%を占めていました。
上記を踏まえて、以下のデータ分析ではレビュー件数が一定数以上のサービスに絞って分析しています。
総合レビュースコアの分布
BOXIL SaaSにおけるレビューの付け方は、投稿者が各サービスに対して、1〜5点の5段階で総合レビュースコアを付け、さらに「使いやすさ」「お役立ち度」「カスタマイズ性」などの9つの要素別に評価する形式です。
下図に示す総合レビュースコアの分布(左)を見ると、4点が全体の45.1%を占め最多です。また、4点と5点を足した割合は82.8%を占めるほか、平均スコアは4.18点となっており、全体的に高めのスコアが付く傾向があります。これは、レビューを書くユーザーは一般的なユーザーよりも熱量が高いなど、多少のバイアスがかかっていると捉えています。
そこで、ある程度の信憑性を持たせるため、総合レビュー件数が20件以上のサービスに絞った上で、サービス別の総合レビュースコア分布を調べました(右)。4.1点台が最も多く、平均値4.15点、中央値4.13点という結果で、4.1点がユーザー満足度を評価する上で一つの基準になると考えられます。
4.1点を超えていたサービスには、クラウドサイン、Zoom、Asana、SmartHR、Slack、マネーフォワード クラウド会計などがありました。このようなサービスをベンチマークとしてプロダクト開発していくのも一つの手かもしれません。
レビュー要素やカテゴリ別の分布・評価
BOXIL SaaSには、総合レビュースコア以外に「使いやすさ」「お役立ち度」「カスタマイズ性」など、9つの要素別評価スコアもあります。
要素別スコアの平均値や分布を見ると、カスタマイズ性が他の要素に比べて低いことが目に付きます。これはSaaSが、ユーザー個々の業務にプロダクトをカスタマイズさせるのではなく、プロダクトの思想や設計の上にユーザー業務を構築していくという米国的な発想が強いため、日本国内ではスコアが低くなっているのかもしれません。
カスタマイズ性が高くなると、一般的にオンボーディングの難易度も上がるため注意を払う必要はありますが、カスタマイズ性を高めつつ、上手くオンボーディングできる仕組みを作ることができれば、使い慣れたユーザーにとってのスイッチングコストを大きく上げられる可能性もあります。
次に、「初期設定の容易さ」も中央値が他の要素に比べて高くなく、バラつきがやや大きく出ています。これより、ユーザーによってはSaaS導入時の初期設定を煩わしく感じていると考えられます。従来のシステムからSaaSへの切り替えであれば、データ移行などを簡単に済ませられるようなUI、機能、オプションを用意したり、テストデータを準備して導入初日からユーザーが今後の運用をイメージできるようにしたりすることで、障壁を乗り越えられるかもしれません。
カテゴリ別総合レビュースコア平均値と掲載サービス数
10サービス以上が含まれるカテゴリを対象として、カテゴリ別の総合レビュースコア平均値と掲載サービス数を図に示しました。
給与計算ソフト(総合レビュースコアの平均値4.49)、電子契約システム(同4.46)、経費精算システム(同4.36)、会計ソフト(財務会計)(同4.35)、ワークフローシステム(同4.35)、動画制作・映像制作(同4.34)、従業員満足度調査(同4.32)が上位にランクインしていました。これらのカテゴリは一定数のサービスが各社からリリースされていて、市場は確立されつつあるものの競合サービスの完成度も高く、簡単には新規参入できない領域と考えられます。
一方で、社内SNS(同3.92)、スマホアプリ制作ツール(同3.93)、勤怠管理システム(同3.94)、コールセンターシステム(インバウンド)(同3.94)、タレントマネジメントシステム(同3.96)、採用管理システム(同3.97)などは、まだ成熟しきっていない領域として、参入のチャンスが残されていると考えられます。
カテゴリ別要素スコア平均値
下図は、縦軸にカテゴリ、横軸にレビュー要素を並べ、各カテゴリの要素別レビュースコア平均値をヒートマップで表したものです。
上から見ていくと、電子契約システムと経費精算システムは他のカテゴリと比べて相対的に低いところがなく、カテゴリ全体的に満足度が高いサービスが多いと考えられます。
会計ソフト(財務会計)も各要素のスコアが高いですが、特に「お役立ち度」の高さが目立ちます。つまりユーザーの業務においてMust haveなカテゴリになっていることを示唆しています。
ワークフローシステムや請求書発行システムは、総合レビュースコアの高さからすると、「使いやすさ」がやや低めです。ユーザーにとっては、これまでエクセルや紙で行っていた作業を、わざわざ各サービスにログインしたり、記入・運用ルールを覚えたりして行なわなければならず、やや複雑に感じてしまっているのかもしれません。
従業員満足度調査については「使いやすさ」は高いですが、「お役立ち度」はそこまで高くありません。従業員のエンゲージメントが分かった後、具体的な施策に繋げづらかったり、成果が出るまで時間がかかる、あるいは見えづらかったりして、役に立っている感覚を満足に得られていないといった課題がありそうです。
WEB会議システムは「サービスの安定性」のスコアが低くなっています。オンライン会議中に映像や音声が途切れてしまうといった経験が、スコアにも表れていると考えられます。
カテゴリ別総合レビュー件数、スコア分布
続いて、カテゴリ別に、総合レビュー件数の合計と、その平均値、中央値をグラフにまとめました。1つのサービスが複数カテゴリに属している場合は、重複を許して各カテゴリで1件ずつカウントしています。
総合レビュー件数については、WEB会議システムやビジネスチャットなど、業種や職種を問わず利用されやすいカテゴリで多い傾向にあります。また下記カテゴリでは、1つのサービスのレビュー件数が、カテゴリ内の他サービスのレビュー件数を比較的引き離していることが分かります。これらのカテゴリではそのサービスが既に認知度、ポジションを確立しているとも考えられるため、もし新規参入する場合は、既存サービスの隙を突くようなプロダクトなどで勝算がほしいところでしょう。
- オンラインストレージ:Dropbox Business(500件)
- 名刺管理ソフト:Sansan(264件)
- CMS・WEB制作ソフト:WordPress(211件)
- 会計ソフト(財務会計):freee会計(163件)
- グループウェア:サイボウズOffice(177件)
- アクセス解析ツール:Google アナリティクス(232件)
- 電子契約システム:クラウドサイン(147件)
※カッコの中は当該サービスのレビュー件数
掲載サービス数と最大レビュー件数
下図は、掲載サービス数と最大レビュー件数をカテゴリごとに図示したものです。掲載サービス数が10以上のカテゴリを対象としています。
左が最大レビュー件数が50を超えるサービスを含むカテゴリ、右が同50件未満のカテゴリです。前者については、市場ニーズはあるものの、参入障壁は比較的高いと考えられます。
後者の内、最大レビュー件数が50件未満かつ総合レビュースコアが全体の平均値以下だったカテゴリは下記の通りです。レビュー件数、スコアだけで完全に判断することは難しいですが、これらは参入検討余地があるといえるのではないでしょうか。
- メール配信システム
- SFA(営業支援システム)
- 採用管理システム・サイト
- ERP(基幹システム)
- コールセンターシステム
- IT資産管理ツール
- WEB接客
- スマホアプリ制作ツール
最後に
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。ARR、ARPA、Churn Rateなどの主要SaaSメトリクスではなく、口コミ・レビュー情報からSaaSプロダクトの動向を分析してみました。「総合レビューと相関の強いレビュー要素は?」「レビューとSaaSメトリクスとの相関は?」といった疑問についても後編でまとめていますので、よろしければご覧ください。
ビジネス分析って面白いですね!