kubellがBPaaSで挑む42兆円市場 IT人材不足の中小企業を救うテック×人材戦略
「BPaaS(ビーパース)」の注目度が上昇している。BPaaSとはBPOとSaaSを合わせた造語で、ソフトウェアにオペレーションを加え、ビジネスプロセスそのものをアウトソーシングするビジネスモデルのこと。「SaaSを導入したものの使いこなせない」「活用できる人材がいない」といった導入企業側の課題が顕著となったことから、SaaS企業がオペレーションまで提供し導入企業を支援しようとしている。
BPaaSのビジネスモデルはSaaSと大きく異なるため、参入のハードルは決して低くない。それでもBPaaSモデルのサービスを開始するSaaS企業が相次いでいる。
今、現場では何が起きているのか。BPaaS事業に取り組むSaaS関連企業3社の代表らに話を聞いた。本記事では、「Chatwork アシスタント」として中小企業向けに幅広くBPaaSを提供する株式会社kubell(以下、kubell)の取り組みを紹介する。
<インタビュイープロフィール>
株式会社kubell 代表取締役 兼 社長 上級執行役員CEO
山本正喜 氏
電気通信大学情報工学科卒業。大学在学中に兄と共に、EC studio(現 株式会社kubell)を2000年に創業。以来、CTOとして多数のサービス開発に携わり、Chatworkを開発。2011年3月にクラウド型ビジネスチャット「Chatwork」の提供開始。2018年6月、代表取締役CEOに就任。
BPaaSとは
ーーー kubellが考えるBPaaSの定義を教えてください。
定義で言うと、ビジネスプロセスそのものをクラウドで提供するものです。クラウド版BPOのようなもので、ITを扱える人材そのものを組み込んだ業務プロセス、業務オペレーションを提供するものだと我々は考えています。
イメージとしてはソフトウェアがSaaSになったのと同じで、昔からあるBPOがクラウド経由で提供されることによって、SaaSと同じようにコストが下がったり、柔軟に使えたりといったメリットを享受できます。BPOがどんどんBPaaSに変わっていく、そんな風に考えています。
ーーー 「BPOがクラウド経由で提供される」について詳しく教えてください。分かるようで分からないと思っていて。
SaaSの裏にPaaSやIaaSがあるように、BPaaSの裏にはSaaSがあるので、基本的にはSaaSの運用代行をイメージいただければ良いと思います。
我々のBPaaSでは、一定の「型化」を大前提としています。SaaSをヘビーに活用している企業だと、APIでチャットと連携したり、一定の自動化をしたりしていると思うのですが、エンジニアがいないと難しい。BPaaSは、そこまで含む高度なSaaS運用を型化して、パッケージとして提供するイメージです。さらに担当者もついていて、チャット経由で小さく業務を外出しできます。「Chatwork」だけではなく、他チャットツールを使用している方にも提供しています。
オンプレミス型のソフトウェアはオーダーメイドでつくるものでしたが、SaaSには「このUI、このフローで使ってください」という型がありますよね。だからこそ、数億円規模のシステムが、月額数千円から使えます。
BPaaSも似ていて、従来型BPOがオーダーメイドのフルオプション型だとすると、BPaaSはメニューをカートに入れる感覚で、「じゃあ経理と労務となんちゃらと」と選んで発注できます。例えば会計だと、「Chatwork」と会計系のクラウドサービスを組み合わせたパッケージがあり、それを入れますか、入れませんか?と問うイメージで、カスタマイズはできません。SaaSが個社カスタマイズをしないのと同じ感覚なんです。
テクノロジー活用と型化で、小規模でのBPOが可能となるのがBPaaSです。
中小企業が抱える課題
ーーー 「Chatwork アシスタント」の反響はいかがですか?
2023年6月リリースなので1年と少し経ったのですけれども、非常に多くのお客様に利用いただいていて、継続率もかなり高い状況です。
例えば運送業界で、管理者一人でバックオフィスに対応している中、支店が増えても担当者を増やせず、業務が集中し大変だったというケースがあります。そのお客様には、経費精算フローの一新を提案して、経費精算システムと連携しながら最終的な結果を担当者に通知する仕組みを構築しました。工数を大幅に削減できて、大変喜んでもらえた事例です。
お客様側に既に入っているSaaSの運用を代行するケースもあります。入っていない場合は、最適なフローを鑑みて、こちらから使用するSaaSを提案しています。社内で運用しやすいものを選定し基本形としていますが、今後変わっていく可能性もありますし、固定化するかもしれません。
ーーー 改めて今、中小企業の課題はどういったところにあるのでしょうか。
中小企業と言っても広く、ご自身でトライされている会社もあるにはあるけれども、そもそもSaaSの導入が難しい会社がほとんどだと思います。
「Chatwork」ユーザーは中小企業が圧倒的に多いので、中小企業の生産性を上げるために何ができるかを考え、初めは代理店として多くのSaaSを提案してきました。ところが、結局それを使える人材が居ないという話になったんです。予算の問題ではなく、SaaSを使いこなせる、業務オペレーションに組み込める、そういった人が居ないことが大きなボトルネックになっていると気づいて、運用まで含むBPaaSを始めました。
極端な表現ですが、中小企業の現場の方たちは「DXしたい」と明確に思っているわけではありません。売上を上げたいとか、利益を上げたいとか、人が足りないとか、課題はたくさんあるんですけど、DXするという感覚ではない状況です。我々のBPaaSが今すごく刺さっている課題は、DXニーズではなく、人材不足という感覚が強くあります。
少子高齢化で採用が売り手市場になり、中小企業にITが分かる人が来なくなってきています。バックオフィスでは、経理などを一人で全部回している会社が多いんですけど、その方が退職された時に、次の方をなかなか採用できない。そういった状況に対して刺さるというか。安定したクオリティでずっとオペレーションしてもらえるところはいいね、と言っていただけます。
採用できない、バックオフィスを安定化させたいといった需要に対して、DXができちゃった、安く高品質でアウトソースできる、といった入り方をしているような印象がありますね。
ーーー BPaaSの活用に向いている業界や業種はありますか?
幅広く全般です。実際、「Chatwork アシスタント」のお客様はかなり幅広いです。
あえて向いている業界を挙げるとすると、製造業や運送業、介護といった、オペレーションが決まっている業界は相性が良いと思います。さらに人材不足がかなり強く出ているので、そこも踏まえてニーズが根強いと考えています。
グループ全体で挑むBPaaS
ーーー BPaaSの提供に際し、kubellパートナーという会社を設立されています。別会社を作られた狙いをお聞かせください。
BPaaSの実態は“BPO with DX”なので、BPO的なビジネスです。なのでオペレーターの方をたくさん雇用し、細分化した業務をお渡ししてSaaSを使いながら回してもらう業務形態です。
テック的なアプローチを取るSaaSベンダーと比べて、BPOでは必要な人材の種類、制度、カルチャーなどが違うんですよね。それを一つの法人にまとめるのは難しいので分けて、出向や兼務にしています。100%子会社なので、ほぼほぼ内部なんですけれども。
ーーー BPaaSで提供している領域はグループ会社のミナジンが得意とする、バックオフィスの経理、労務周りが中心ですか?
そうですね、ニーズとしては経理と給与計算が圧倒的に多く、2大領域です。それ以外だと、日程調整、レストラン予約などの秘書的業務、リサーチ、ライティング、ホームページ運用、SNS更新といったマーケティング寄りの案件もあります。
ワンストップで提供できることに価値があると思っているので、広く深くという方針であえて広く取り組んでいます。というのも、中小企業では、一つひとつの業務のボリュームが少なく、当然のように一人の担当者が複数の業務を担当しています。それを僕らへ発注するために細分化してしまうと担当者の手間を増やしてしまうので、一つの窓口で完結するところを売りにしたいという考えがあります。
とはいえ、専門的な業務部門を自分たちで立ち上げるのは大変なので、M&Aでグループ入りしていただくという形をとっていて、その第一号がミナジンです。人事労務専門で社内に社労士資格保持者がたくさんいらっしゃるので、専門的な業務を引き受けられるようになりました。
ーーー なんでもお任せあれ、ですね。
に、していきたいです。現場は大変ですけどね(笑)。いろいろなニーズがあって、「あれもこれもやらなきゃ」と、この1年かなりバタバタとやってきました。
ーーー ミナジンをM&Aされた2022年12月時点ではまだBPaaS構想を公表していませんでしたが、既に両社で取り組むお考えがあったのでしょうか。
すごく珍しいケースなのですが、ミナジン社も実はBPaaSという言葉を使い同じ構想を持っていたんです。彼らもSaaSとBPOを両方持っていて、BPaaS的な展開を構想していて、同じ戦略ですね、という話になって。
きっかけは我々のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)が出資させていただく話でしたが、戦略的にとてもシナジーが高かったのでグループ入りを提案し、資金調達かM&Aか悩んで、我々を選んでいただいたという経緯です。
BPaaS市場の今後は
ーーー 今、BPaaSに取り組みたいと考えているSaaS企業も多いと聞きます。プレイヤーが増加する中で、競合へのお考えをお聞かせください。
BPaaSも一種の大きなカテゴリなので、プレイヤーがたくさん出てきて当たり前だと思っています。ただ、「Chatwork」ほど中小企業に広まっているSaaSは他になかなかなく、結構ホワイトスペースではないかと見ています。
中小企業にもBPOニーズが大企業と変わらないくらいあると、我々が実施したアンケートでも出ているんですが、実際にBPOを提供している会社はかなり少ないんですよね。ボリュームが小さすぎて従来型のBPOでは受けづらい、そこのギャップがあって中小企業ではBPOを利用できませんでした。
我々は、中小企業という大きなマーケットで、「Chatwork」を介して口コミで広がっていくので、マーケティングコストを下げられます。かつ、「Chatwork」を使っていただいているお客様にチャット経由でBPaaSを提供できるので、導入やオペレーションのハードルが低いという利点もあります。
なので、誰も手が付けられなかった中小企業向けBPOでも、構造的に取り組める可能性があると思っています。中小企業向けビジネスチャットを提供していないと取れない戦略なので、競合らしい競合がいないという感じですね。
もちろん、税理士や社労士が請け負っているような細かい案件はありますけど、我々ほどのボリュームで手広くやろうとしている会社はほとんどなく、あまり競合という競合は意識はしていません。本当に我々がこのマーケットをやりきれるのか、そういうチャレンジだと思っています。
ーーー 大企業向けの展開も考えていらっしゃいますか?
将来的にはあり得ると思います。ただ、大企業向けBPOをガッツリやっていらっしゃる企業が既に多くあります。その裏側がSaaSになって、AIが入って、BPaaSになっていくことは当然の流れとしてあると思うんですけど、僕らとしては中小の方が地の利があるので、他が入れない中小企業をまず取りきりたいと考えています。
とはいえ中小企業は労働人口の70%くらいあり、ボリュームが大きいマーケットです。その中で集約して受けることによって、僕らの中でスケールメリットが出て、スケールメリットが出るとコストを下げ良いサービスが提供できるようになるので、そこから大企業やグローバルなど横のマーケットを攻めていくことは十分あり得るかと思います。
ーーー 今後の国内BPaaS市場はどの程度拡大していくでしょうか。
まだBPaaSだけを切り取った市場データはありませんが、中小企業のノンコア業務の潜在市場は42.4兆円に上ります(※)。今SaaSが届いているのは市場の2割くらいと言われていますけど、残り8割はBPaaSがメインとなる、次のフロンティアだと思っています。じゃあSaaS市場は2割で止まるのかというとそんなことはなくて、BPaaSの裏にはSaaSがあるので、BPaaSを経由してSaaSが広まっていくイメージです。
プレイヤーが増えるとカテゴリが生まれるので、それほど遠くないタイミングでBPaaSというカテゴリも生まれるのではないでしょうか。
BPO市場がBPaaSに変わりつつ、今までBPOを受けられなかった人が新たにBPaaSによって市場に入ってくる、といった2軸で広がるので、成長率の高いマーケットになるのではないかと思います。
※ kubell算出:給与所得者数:4,494万人(国税庁令和4年民間給与実態統計調査結果) × 中小企業で働く従業者数割合:68.8%(総務省平成28年経済センサス) × 中小企業平均給与:392万円(厚生労働省) × ノンコア業務割合平均:31.9% (kubell社調べ等)
ーーー SaaS企業の参入も続くでしょうか。
入ってくると思います。ただBPaaSは組織に必要なケイパビリティが全然違います。オペレーションのチームを作り、その人たちを雇用しながら売上を上げていくというビジネスなので、組織の作り方やマネジメントの仕方ががらっと変わります。ここをやりきれる会社がどれくらいあるかというと、正直難しいと思っています。そういう意味では、BPaaS型オペレーションに特化した会社と組んで提供していくのも選択肢の一つかもしれません。
自社でSaaSとBPaaSを両方成り立たせるのは、正直、結構体力がないとできません。今自分たちがめっちゃ大変なので。片手間で、カスタマーサクセス的にBPaaSをやろうとすると火傷します(笑)。
生成AIとBPaaS
ーーー 生成AIなどテクノロジーの影響をどう見ていらっしゃいますか?
今はSaaSの運用代行をする労働集約的な側面が強いですが、今後、大きく変わってくると思います。
まずお客様とのコミュニケーションがAIに変わり、お客様からすると人なのかAIなのかわからないみたいな、ハイブリッドになってくると思います。
もう一つ、オペレーターの必要スキルや育成過程も変わります。例えば今、複数のSaaSをまたいで使うAIがどんどん出てきていて、これがあると、オペレーターがSaaSを何個も使いこなす必要はなく、AIによるアウトプットを確認してOKならお客様に返す、といったオペレーションができます。すると、一人が10社担当してたところを20社、30社、50社と増やせるので、かなり効率よく運用できます。お客様への提供価値は変わらないまま、内部的にイノベーションが進むことによって利益率がぐっと上がってくるんです。
間違いなく5年、10年で大きなテクノロジーイノベーションが起こると思います。そうなると利益構造が大きく変わると想定していて、その前にまずは面を取ろうと泥臭く取り組んでいます。トレンドのさらに先に投資しているような戦略です。
ーーー 生成AIが広く普及し始めてから1年半経つわけですけれども、何か変化を感じていらっしゃいますか?
正直まだ限定的だと思っていて、一部のライティング業務や、アイデア出しは劇的に生産性が上がっていますけど、それ以外はAIを使いこなすリテラシーが高くないとうまくいかないじゃないですか。一定の幻滅期に入っており抜け出すのは時間の問題だと思っていますけど、今は生成AIを積極的にBPaaSに組み込むことよりも、オペレーションをしっかりと丁寧に回すなど、基本的な業務に集中しています。
まとめ
人手不足対策として省力化への投資がある。これには、SaaS導入だけでなく、外注の活用も含まれる。BPaaSは、人手不足にあえぐ企業と、SaaSを通して課題を解決したいSaaS企業、それぞれに利のあるモデルだ。
日本企業のうち、中小企業の数が99.7%を占める(※)。BPaaSを通じてSaaSの恩恵を受けられる中小企業が増えれば、日本全体のDXが大きく一歩先に進むかもしれない。
※出所:令和3年経済センサス-活動調査