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行動経済学とは?人間の感情や非合理的行動の理論化について解説

最終更新日:(記事の情報は現在から2482日前のものです)
昨年ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーに代表される行動経済学と呼ばれる分野について基本的な考え方や理論、そして同分野で参考にされているさまざまな心理学的な要素について解説していきます。

2017年にシカゴ大学の行動経済学の権威であるリチャード・セイラー教授がノーベル経済学賞を受賞したことにより、大きな注目を浴びた行動経済学。

今回は、行動経済学の基本的な考え方を紹介するとともに、その歴史や理論、そして現在行動経済学で考慮されているさまざまな心理学的要素について解説していきます。

行動経済学とは

行動経済学とは、これまでの経済学のモデルに心理学的な要素を取り入れることで、人間の非合理的な行動に関してモデル化を試みている経済学分野です。

これまで明らかになっている心理学の理論や分析手法を応用することで、人間や企業などの経済主体の行動や金融市場の動きの解明を目指しています。

行動経済学の概要

行動経済学では人間の感情や経験、あるいは認知的なバイアスなどの心理学的要素を経済モデルに組み込み、これまでの新古典派経済学が採用していた仮定に置き換えながら新しいモデルの構築を目指します。

たとえば古典的な経済学では「合理的経済人」という経済主体を定義し、必ず自らの効用を最大化する合理的な意思決定を行うものとしてきました。
つまり、あらゆる意思決定に関する情報を取得でき、それをもとにすべての人間が物事を合理的に判断するといった前提が置かれていたわけです。

一方、行動経済学では人間の非合理的な側面にも注目しながら、より現実に根ざした経済モデルの構築を試みます。

その背景としては、主に心理学的な研究によって新古典派経済学の置いている仮定の重要な誤りが明らかになってきたことが挙げられます。

行動経済学の歴史

行動経済学の歴史は、大きく第一世代第二世代に分けることができます。

第一世代

第一世代は1950~1960年代にみられる「より現実に根ざした経済行動を研究する」ための動きのなかに見出すことができます。しかし、当時提唱された考え方の多くは一般性を欠いていたために、現在の行動経済学で用いられることはほとんどありません。

ただ、人間の経済行動が認知的あるいは行動バイアスによって左右されてしまうという前提に関しては、現在主流となっている行動経済学においてもしっかりと踏襲されています。

この時代の主な研究者としては、ハーバート・サイモンや、行動経済学の始祖と目されることも多いダニエル・カーネマンが有名です。

第二世代

第二世代は1990年代から徐々に確立されてきた流れで、これまでの社会心理学的な立場から新古典派経済学のモデルの欠陥を指摘するだけではなく、それに代わる新しいモデルを生み出すことに主眼が置かれるようになりました。

たとえば人間の動機づけに関する変数をマクロ経済モデルに導入したり、人間の利己的行動がある条件下では緩和されることを前提とした新しいモデルを構築したりといった試みがなされるようになりました。

これまでの新古典派経済学における経済モデルを踏襲しつつ、その前提となっていた人間の合理性や利己性、あるいは時間に関する仮定などを緩和するのです。

最終的には心理学上の実証データに整合するような理論構築を目指しています。

行動経済学と伝統的な経済理論

次に行動経済学の理解のために、これまでの伝統的な経済学との比較をしてみましょう。

ここでは経済理論の代表的な仮説である「合理的経済人」と「情報の完全性」を例にして解説していきます。

合理的経済人

経済学でたびたび登場する「経済人」という概念ですが、これは経済的合理性だけを一貫して追及し、個人主義的に行動する人や企業などの経済主体のことをいいます。
すなわち、自らの利益のみを追求し、常にそれが最大化するように合理化された行動をとるものとして扱われるわけです。

極端な前提を置くことで、ある経済モデルのなかで各々の経済主体がどういう動きをするのかが数値的に予測できるようになるので、理論化がしやすいというメリットがあります。

しかし、当然ながら、人間は必ずしも合理的な行動をとるとは限らないため、状況によっては現実とかけ離れた結論が出てしまうケースも少なくありませんでした。

情報の完全性

合理的経済人であるためには、意思決定のために必要なあらゆる情報を完全に取得でき、それに基づいて行動を決定できるという前提がなければいけません。

つまり契約の当事者がお互いの情報を完全に把握し、双方が利益の最大化のための最適な行動をとることを前提に理論が構築されてきたわけです。

これをもとに、徐々にモデルを複雑化していき、情報が非対称な場合にはどうなるかといった考察を進めていくのが経済学の王道的な研究方法でした。
しかし、それでも私たちの非合理的な行動が、必ずしも反映されているわけではありませんでした。

人間の「非合理」を理論化

行動経済学においては、私たち人間の非合理的な側面の解明に目を向けながら、各経済主体の現実的な行動をモデルに反映する試みがなされてきました。

たとえば、1979年にはダニエル・カーネマンなどが、同じ価格でも利益を得る場合と損失を被る場合では、私たち経済主体の心理的反応が違ってくることを発表。
また、統計的に導き出される確率について、私たちは必ずしも合理的な判断を下すことができない可能性を指摘しました。

これによって、それまでの伝統的な経済学では説明ができなかったバブル経済の発生や、私たちの非合理的な意思決定、そして短期における市場変動などに関する研究が進むこととなりました。

行動経済学と人間の非合理的行動

それでは、行動経済学で扱われる人間の非合理的な行動の例で代表的なものをいくつか紹介していきましょう。

人間の心理会計・損失回避

冒頭で紹介したリチャード・セイラーが行動経済学の分野ではじめに関心をもったとされているのが「心理会計」といわれる分野です。

これは上述のダニエル・カーネマンとトベルスキーが提唱した損失回避という概念を経済主体のお金に関する心理に応用したものといわれています。

心理会計(メンタルアカウンティング)とは

「心理会計」とは、本来同じ価値(額面)のお金だったとしても、その使用目的や入手経路によって、私たちが異なる評価をしていることを指す概念です。

有名な例として、金額が大きくなればなるほど、その「オプション」として勧められるモノに対する金銭的評価が変わるということがあります。

200円の商品の付属商品として20円の商品がある場合、なんとなく割高に感じてしまいますが、500万円の商品のオプションとして20万円で付属品がついていても、そこまで割高に感じない人は少なくないはずです。

このように、私たちは金額が大きければ大きいほど、その金額自体ではなく、相対的な割合や比率で評価するようになるのです。

入手経路によって感覚が違う?

また、私たちはお金の入手方法によっても感覚が変わってきてしまいます。

たとえば、毎月決まった金額が支払われる給料と、ギャンブルなどで手に入れたお金ではまったく違った使い方をする人が多いことがわかっています。
たとえ同じ金額でも、前者は節約して使うことが多く、後者は奢侈(しゃし)財の購入で一気に散在してしまう人が増える傾向があります。

こういった感覚の違いによって、私たち経済主体が必ずしも合理的な行動がとれないことに注目したセイラーは、2008年に「ナッジ」という概念を提唱するに至ったのです。

保有効果と人間心理

続いて、ダニエル・カーネマンをはじめとした行動経済学者は「保有効果」という現象にも注目しました。
保有効果とは、私たち経済主体が一度手に入れたものに対して主観的に高い評価を下す傾向があることを示したものです。

つまり、自分が所有したモノは自分のなかで価値が上がり、手放したくないと考える傾向のことです。

これまでの経済学的な感覚では、モノ(財)は減価償却的に価値が低減していくことはあっても、外部的要因なしに評価額が上がるということは考えませんでした。
しかし保有効果が生じると、少なくともその財の所有者のなかでは、価値が上がることが考えられます。

これによって、たとえ同じ金額であっても、財の売り手と買い手で金額に対する評価に違いが出てしまうことになります。

保有効果の実験

保有効果について、カーネマンは大学の学生に対して、ある実験を行いました。

学生をAとBの2つのグループに分け、まずAのグループだけに大学のロゴが入ったマグカップをプレゼントしました。
その後、Aグループには「いくらならBグループにマグカップを売ってもいいか」を尋ね、Bグループには「いくらならAグループからマグカップを買ってもいいか」を尋ねたわけです。

すると、Aのグループは所持しているマグカップを平均して7.12ドルでBグループの学生に売ってもいいと答えたのに対し、Bグループは平均として2.87ドルなら購入してもいいという回答が得られました。

このことから、人はたった今手に入れたものであっても、それを手に入れていない状態の2倍以上もの価値を感じていることが明らかになったわけです。

保有効果と人間心理

こういった保有効果が起こる理由としては、まず私たちは自らが所持しているものに対して愛着がわくことで主観的価値が上がることが挙げられるでしょう。
他人からみれば大したものではなくても、私たちは長年使い込んだモノに対しては、手放したくないという感情をもつことは少なくありません。

また、私たちは何かを手に入れるよりも、何かを失ってしまうことに強い抵抗を示すことが心理学的に明らかになっています。
所持していたものを失ってしまうという抵抗感が、そのモノに高い価値をつけることにつながっているわけです。

プロスペクト理論

こういった指標は、当然これまでの経済学では考慮されなかった要素です。

特に新しいモノを手に入れることで得られるメリットよりも、それを失うデメリットの方が強く感じられるという人間心理と、それによって何とか損失を避けようとする傾向は「プロスペクト理論」としてまとめられています。

また、いったん何かを手に入れたら、その状態をできるだけ維持したいという心理は「現状維持バイアス」などと呼ばれ、行動経済学における人間の非合理的な行動を考慮するうえで重要なヒントとなっています。

以下の記事で、プロスペクト理論について詳しく解説しています。

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株価と非合理的な(過剰)反応

現在、行動経済学の諸研究は金融(ファイナンス)の分野でも取り入れられています。

たとえばセイラーやデボンは、株式市場ではこれまで経済学において所与の前提とされていた「効率的市場仮説」が成り立たないケースが多々あることを示しました。

効率的市場仮説とは

効率的市場仮説とは、株式をはじめとした証券市場では、各々のプレイヤー(投資家)が将来の出来事を完全に予測し、それを正確に反映した価格形成を行うというものです。

つまり証券の市場価格に影響を与えるような情報は、すぐに全プレイヤーに行き渡り、速やかに証券価格に織り込まれるということです。

この仮説のもとでは、市場価格は素早く実態を反映したものになるため、特定のプレイヤーだけが永続的に市場全体を上回るパフォーマンスを維持することは不可能になります。

これに対してセイラー達は、市場ではさまざまな不確実な要素が存在するために、株価は情報に対してまずは過剰な反応をすると主張しました。

株価の異常値は存在する?

セイラーは、株の全銘柄のうち、瞬間的に上昇率の高かった銘柄と低かった銘柄をピックアップし経過を調べました。
その結果、両者の上昇率の差を埋めるような値動きをすることが明らかになっています。

つまり、瞬間的な上昇率の違いは株価の過剰反応によって生じており、時間が経過するにつれてそれが調整されるような動きになるということです。
そしてこの原因として、行動経済学で取り扱うような、さまざまな投資家の人間心理が影響を与えていることを示唆しています。

これまでの効率的市場仮説のもとで行動する合理的な経済主体では、到底考えられないような、さまざまな心理的な要素が実際の株価にも影響を与えていることを示したわけです。

行動経済学とさまざまな理論

最後に、行動経済学に関連するいくつか代表的な理論を解説しておきましょう。

アンカリング

アンカリング効果とは、その人にとって印象的な情報や数値によって、その後の行動に強い影響が出てしまうことをいいます。

つまり、意思決定のはじめの段階で提示された特定の情報がきっかけ(アンカー)となって、その後の意思決定がその情報に引き摺られてしまう効果のことです。

私たちは意思決定のために必要となる情報が不十分な場合、どうしても自分にとって印象的な特徴や情報を重視してしまう傾向があり、その判断にバイアスがかってしまいます。

特にいくつかの選択肢からひとつを選択しなければならないとき、はじめに目にした情報に強い影響を受けてしまうことが知られています。

営業やマーケティングの分野でもよく使われる

アンカリング効果は、営業やマーケティングの分野では日常的に利用されています。

たとえば、不動産業者は、はじめにわざと割高な物件を訪問者に見せることで家賃の基準を決めさせ、その後訪問した「本命」の物件を契約してもらいやすくしていることは有名でしょう。

また小売店などでは、あえてメーカーからの希望小売価格の表示を残し、そこから値引きしてみせることで、訪れたお客さんに割安感やお買い得感を与えています。

こういった人間心理をモデルに組み込むことで、さまざまな経済・社会現象を説明しようとするのが行動経済学なのです。

双曲割引

行動経済学では、双曲割引と呼ばれる概念も有名です。

これは人間の「遠い将来(の利益)なら待つこともできるが、近い将来(の利益)ならば待つことができない」という非合理的な行動を説明するものです。

時間の経過をX軸、割引率をY軸とした場合のグラフが、時間とともに減少する双曲線になることから名づけられました。

現在の利益と将来の利益ではどちらが得か?

たとえば、私たちは今すぐに6,000円をもらうことができる場合と、1年後に1万円をもらうことができる場合では、前者を選択するケースが多くなります。しかし5年後に6,000円、そして6年後に1万円をもらうことができる場合は、多くの人がすぐに答えられず悩んでしまうといわれています。

いわば「今日と明日の違いは明日と明後日の違いより大きい」ということであり、これは人間を含む動物の基本的性質として捉えられています。

こういった性質を経済学の観点から捉えることで、これまでの経済理論と現実との不整合を埋めようとする試みがなされています。

ギャンブラー的誤謬

私たちが非合理的な意思決定をしてしまう例として「ギャンブラーの誤謬」が挙げられることがあります。
これは自らの経験やそれによる心理的なバイアスによって、特に根拠がないにもかかわらず、合理的な確率に基づいた予測ができなくなってしまう現象のことです。

たとえば、コインを10回投げたとして、はじめの2回は表、その後はすべて裏が出たとしましょう。そうすると、私たちのなかには「連続で裏が出ているから、そろそろ表だろう」と考える人や「こんなに裏が出ているのだから、次も裏の可能性が高い」と考える人が出てくる、といったことです。

コインの表と裏の出る確率は?

これらはいずれも合理的な確率に基づいた判断ではありません。表が出る確率も裏が出る確率も1/2であり、連続で裏が出たからといってその確率が変わるわけではありません。
それにもかかわらず、私たちは連続で同じ現象が起こると、合理的な確率に反した主観的な判断をしてしまいがちなのです。

こういった私たちの認知的なバイアスに関しても、積極的にモデルに組み込むことでより人間の現実的な行動に根ざした分析ができるようになるでしょう。

行動経済学とは何か理解し、人間の非合理的行動に関する示唆を得る

行動経済学の基本的な説明から、同分野の分析に取り入られている、さまざまな心理学上の研究に関する説明をしてきました。

行動経済学では、私たち人間がたびたび起こす非合理的な行動に着目し、これまでの経済学の理論では説明できなかった経済・社会現象について、人間行動の観察によって得られたデータをもとに説明を試みます。

これは言い換えれば、人間が何かを判断して行動を起こす場合の経験や、感情的な側面を重視し、そのメカニズムにまで踏み込んで研究する学問といえるでしょう。
さまざまな学問分野にまたがった学際的な研究領域ともいえます。

これからの経済学を引っ張っていく分野として注目されているので、ぜひこの機会に関連書籍にあたってみるなどして、知識を深めていってください。

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