働き方改革のネクストテーマは「人への投資」|at Will Work主催「働き方を考えるカンファレンス2020」レポート
働き方改革の「継続と評価」は経営課題に
「働き方を考えるカンファレンス」は、2017年から毎年2月に開催されている。4年前は「働き方改革」という言葉すら、そこまで広まっていなかった。しかし会場となった虎ノ門ヒルズは終日に渡ってほぼ満席で、「新しいワークスタイル」への注目の高まりが伺えた。
カンファレンス冒頭、at Will Work代表理事 Plug and Play Japan執行役員CMOの藤本あゆみ氏が挨拶し、各回のテーマを振り返り整理した。「働き方改革」を巡る課題観点の変遷を押さえ、現在地を知るうえで参考になるので紹介したい。
2017年:「働く、生きる、そして」
当時、「ワークスタイルの変化」を話し合う機会が生まれ始めていた。人と企業の理想的な働き方を考え、実行することをテーマとして、働き方のパラダイムシフトにおける最新情報の提供を目的とした。当時まだ目新しかったグラフィックレコーディングが、全セッションで実施され話題になった。
2018年:「働くを定義∞する」
前年、未来の働き方を考えたことで、「働くとは何か?」という疑問が生まれたという。「働くの定義は、無限にある」という仮説のもと、マネジメント、エンゲージメント、人×テクノロジーなど、8つのテーマで議論。当時、社内副業で話題となっていた、丸紅の代表取締役社長 國分文也氏も登壇した。
2019年:「働くをひも解く」
働き方改革実施企業が7割を超え、リモートワークをはじめ新しい働き方がどんどん出てくるなか、「人生100年時代」もよく聞かれた年。前後100年の両方を考察し、「新しいことを追い求めるだけではなく、続けていくこともあるのではないか」と問いかけた。キーセッションには500年続く老舗虎屋の代表取締役社長 黒川光博氏も登壇した。
2020年:「働くと経営課題」
5年限定で活動するat Will Work。5回開催予定のカンファレンスは終盤を迎えた。藤本氏は、「この4年間で、働き方改革に取り組む企業はものすごく増えたが、それをいかに継続し評価していくのか。それは経営課題につながっていく」と、今年のテーマを紹介した。
タニタ「社員の個人事業主化」は、雇用のパラダイムシフト
今年のオープニングセッションに登壇したのは、タニタ代表取締役社長 谷田千里氏、経済産業省産業人材政策室室長 能村幸輝氏。モデレーターはat Will Work代表理事 松林大輔氏が務めた。テーマは、タニタが実践している「社員の個人事業主化」の取り組みだ。
タニタは2017年から社員の個人事業主化の取り組み「日本活性化プロジェクト」を始めた。2018年の確定申告の実績も載せ、2019年6月には「タニタの働き方革命」を出版し、その取り組みを紹介した。
これは、希望する社員が個人事業主となり、タニタとの契約形態を雇用契約から業務委託契約に変更する仕組みだ。導入の背景を、谷田社長は「業績が好調なときだけではなく、業績不調で危機的状況に陥っても、優秀なスタッフに残ってもらい、一緒に立ち向かってもらうため」と説明した。
松林氏は、「囲い込みから惹きつけていく、雇用のパラダイムシフト」と指摘。谷田社長はタニタ食堂をはじめ、社外とのコラボレーションプロジェクトのほうが成功率が高かったことをヒントに、「囲うのは損」と明かした。
希望者には、事前に報酬額の見積りや他の条件も提示して、自由意志で決断してもらったという。現在、タニタ本社従業員の1割にあたる24名が社員から個人事業主化して働いており、「3年契約、毎年更新」という基本的な枠組みの下で、双方がリスクヘッジできる体制を構築しているという。
能村氏は「社員が会社で能力を十分に発揮できず、新しい価値創造につながらなければ、日本社会全体のロス」だと話し、多様な選択をできる企業や社会は必要だと賛同した。
さらに、「会社が選ぶから会社が選ばれる」ように変わりつつあると言及。デジタル化やスキルギャップなど、「ヒト」に関わるところが経営のメインアジェンダになっている現状を指摘した。
「レガシーをいかに乗り越えて、ヒト中心の会社にしていくかがポイント。取り組みようによって今後5年、10年で相当大きな差が生まれると見ている」(能村氏)
「心の健康」を重視
個人事業主化には、「働き方の主体性を引き出すことで、心の健康を守りたい」という想いもあった。谷田社長は、「自分の夢や希望を実現するために主体的にやっている仕事であれば、多少無理をした働き方でも、倒れないのではないか」と仮説を示し、メンタリティを変えていくきっかけを作りたかったと狙いを語った。
「いまの若手の方は、AIと競争していく時代。長時間労働是正、生産性向上は必要だし賛成だが、それだけで本当に技術の伝承や、個人の能力の成長ができるのだろうか。能力をどう開発していくか、という話が抜けて落ちているのではないか」(谷田氏)
谷田氏は、主体性を引き出す重要性を説くとともに、働き方改革では「能力開発」の観点でもっと議論するべき、と危機感を示した。能村氏もこの問題提起に賛同を示し、「創造性やデザイン性をビジネスとつなげていけるような学び直し」などを例に挙げて、継続的に学んでいく仕組みを検討中であることを明かした。
生産性向上に「中長期」の視点も取り入れる
セッション「生産性向上と労働時間の実際」では、東急不動産 執行役員 亀島成幸氏、乃村工藝社 常務取締役 中川雅寛氏が登壇した。モデレーターは、at Will Work 理事 OMOYA 代表取締役社長の猪熊真理子氏。生産性向上と労働時間管理に、経営としていかに取り組むべきか議論を深めた。
「生産性をどうはかるか」について頭をかかえる企業は多い。猪熊氏は、冒頭こう切り出して問題を提起した。
「分母に労働時間、分子に売上や件数など定量的な数値を置いて、生産性は測られがちです。しかし、クリエイティブな仕事やアイディア、閃き、イノベーションなどは、定量的なものさしでは計測できません。実際にこうした声を聞く機会が増えてきました」(猪熊氏)
これに対して亀島氏は「労働時間を短くして成果をあげるだけだと一面的」だと答え、「仕事の質」がとても大事だという見解を示した。
「東急不動産は『価値を創造し続ける』を掲げています。新しい価値を創造するためには、みんなが絶えず閃いている状態が必要。そのためには、社員が自発的かつ創造的に働ける環境を作ることが会社として一番大事です」(亀島氏)
亀島氏はこう語り、テレワークや時差出勤、中抜けOK、フリーアドレスや仮眠室の導入、人が集まって議論し触発し合えるオフィスレイアウト、全社員の居場所を確認できるアプリ開発など、さまざまな制度や環境を整えているが、すべての起点は「社員の内発的なモチベーションを触発する」ことだと明かした。
中川氏も、「先人たちから受け継いできたDNAをなくして生産性は語れない」と語った。困っているお客さまがいたら、お客さまの期待以上のことをやる。人を喜ばせ、あっと言わせるのが好きだという、サービス精神。乃村工藝社では、100年以上前の創業当時から、こうしたことを大事にしてきたという。
「長期にサステナブルで、人や社会の役に立つものであれば、中長期的にみて生産性向上に役立ちます」(中川氏)
中川氏は、「さじ加減は大事」と慎重な姿勢を見せつつも、生産性を測る際の「分子」となる成果には、定量的に測ることのできない、さまざまなものがあると言及した。
次に、話題は「労働時間をどうマネジメントするか」に転換した。自発的に動く人は、往々にして「仕事好き」だ。残業の規制は、業務を通じた成長機会の損失、モチベーションの阻害など、ネガティブな面も少なくない。
これに対して亀島氏は、心身の健康を守るためには労働時間管理は不可欠だとしつつ、「チャレンジ」をキーワードとした目標設定や、1on1でこまめに振返りを行う背景をこう話した。
「社員は、自分が自発的に決めて取り組んでいることは、どんなに苦しい仕事でもエンジョイしてくれます。会社が一番やらなければいけないことは、そうしてもらえるための環境・時間作りや、自らアクションを起こしてもらう『さりげない、いざない』です。質の高い業務をしてもらうことが、生産性向上につながります」(亀島氏)
中川氏も「多様で自由な働き方が広がるいっぽうで、『働く人を孤独にしない』配慮も重要」として、健康健全な経営を目指していると話した。そして、労働時間短縮の一辺倒では「中長期的な視点で必要となる人材」を育成できないとの懸念も示した。
「未来を開拓していく人、物事の本質を見抜ける人を育成したい。そのためには、寄り道することも大事です。ショートカットでいくと風景は見えませんが、ゆっくり歩くといろいろなものが見えます。非効率的かもしれませんが、先を読める人間が出る可能性が高いのではないかと考えています」(中川氏)
猪熊氏は、「心身の健康を担保できるよう、限られた時間の中で仕事の質を高めるためには、ガチガチに成果を定るのではなく、その周辺にあるいろいろな成果物に目を向けることで、エンゲージメントやモチベーションを高め、情熱を持ってもらう必要があります。それがひいては、事業成長、人の成長、組織文化の醸成へとつながっていくのではないでしょうか」と話した。
「成長機会の改革」が求められている
さまざまなセッションで「心身の健康」と「能力開発」、2つのキーワードが浮き上がったことは、大変印象的で、2020年の働き方改革のトレンドキーワードになるのではと感じられた。
データから導く「成功する」働き方改革というセッションでは、日経「スマートワーク経営」調査に携わる慶應義塾大学商学部教授 山本勲氏と、「働き方改革実態調査」を手がけるデロイト トーマツの田中公康氏が登壇し、中長期的に企業や日本社会が成長するためには、どういう取り組みが必要かについて、数値を用いて議論。モデレーターは、at Will Work 理事の日比谷尚武氏が務めた。
「現場と経営で認識のギャップが小さい方が業績がよい」「労働時間短縮に加えて、テクノロジーの活用やイノベーションの推進を行うことで、ROAが上向く相乗効果がある」など、調査から紐解かれた成長企業の傾向が共有された。
いっぽうで、「成長機会の改革」が急務だと警鐘が鳴らされた。企業の教育研修費は、すでに諸外国と比べて見劣りするほど減っており、かつて日本企業の強みだった、従業員の継続的な成長は失われつつある。また、個人的に自己研鑽する人も、若手や役職者など一定の属性に偏っているという。
中長期的に企業が成長するためには、人の成長が欠かせない。研修そのものの時短や、能力開発へのインセンティブなど、従来とは異なる教育研修の形が求められてくるようだ。
2020年は中小企業における残業時間上限規制、大企業における同一労働同一賃金が導入され、働き方改革におけるコンプライアンス対応はまだまだ続く。しかし企業が存続し成長するためには、心身の健康管理、内発的モチベーションの誘発、能力開発や成長機会の提供など、「人への投資」が肝になるのではないだろうか。