9割が脱ハンコできず、要因は“取引先” - 契約DX進めるためには
押印めぐる法改正進むも……
コロナ禍でリモートワークによる在宅勤務が広まった影響で、電子契約サービスの導入に弾みがつきました。5月には不動産契約をオンライン完結できる改正法が施行され、さまざまな業界で活用余地が拡大しています。
ところが足元では、紙の契約書から離れられない状況が続いています。Sansanが3月に実施した企業の契約業務に関する調査(※1)では、契約書に押印する業務を担当している人のうち、71.9%が押印出社を経験していました。さらに、そのうち68.6%はリモートワークが可能な条件で勤務している人でした。つまり、リモートワークができるにもかかわらず、押印だけの目的で出社せざるを得ない人がまだ大勢いるのです。
※1 Sansan『企業の契約業務に関する実態調査』,https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000302.000049627.html
紙の契約書はなかなか廃れない
Sansanは調査レポートのなかで、紙の契約書を廃止して電子契約へ移行することは難しく、それにともなって脱ハンコも困難、としました。
今も9割が押印をしている
取り扱っている契約書の形式を複数回答で尋ねたところ、「電子契約サービスで締結」が34.9%、「電子契約サービス以外の「PDF」や「自社独自のオンラインシステム」で締結」が19.7%で、電子契約が普及しつつあります。ただし、「紙で締結」は80.8%にのぼり、契約書の主流はまだ紙のようです。
そのため、90.4%の人が現在も物理的な印鑑での押印作業をしている、と回答しました。脱ハンコには遠い状況です。
脱ハンコは望み薄?
将来についてはどうでしょうか。押印作業を現在している人に「今後の契約業務で押印作業をなくすことができると思うか」と質問したところ、67.6%が「できると思う」、32.4%が「できないと思う」と答えました。
なくせないと思う人の挙げた理由は、以下のとおりです。デジタル化の遅れや経営層の無関心といった項目に比べ、「取引先から、紙での契約書締結を求められるから」という回答が多くなっています。
押印作業をなくせない理由 | 選択率 |
---|---|
取引先から、紙での契約書締結を求められるから | 56.6% |
デジタル化するシステムが導入されていないから | 37.3% |
会社や経営層の関心が薄いから | 22.2% |
昔からそうなっているから | 19.0% |
法的に問題がありそうだから | 18.4% |
社内の業務フローを変えるのが面倒、難しいから | 16.8% |
上司/社内に、デジタルやITに弱い人が多いから | 11.4% |
社内の規則で決まっている/規則を変えられないから | 8.5% |
その他 | 7.3% |
契約書の形式は取引先との関係で左右されてしまうため、自社が電子契約を推進していても、紙の完全な排除は難しそうです。
紙への依存で企業全体の効率が低下?
Sansanの調査によると、契約1件あたり平均31分の「押印に関連する作業」が発生していたそうです。そして、押印の必要な契約業務は月平均20件あったので、毎月10時間ほどが押印作業に使われる計算になります。脱ハンコが実現できたら、どれだけの時間が節約できるのでしょう。
さらに、押印作業は経営者や役職者にも負担なようです。押印作業が必要な人の67.9%が、「押印作業に、経営者・役員、役職者の業務時間が取られてしまっている」と回答しました。押印してもらう上司に出社してもらう必要が生ずるなど、紙の契約書は企業全体の効率を低下させています。
契約書で目立つデジタル化の遅れ
アドビは、企業の営業職が処理する主要業務について、デジタル化の状況を調査(※2)しました。ここでも、契約書のデジタル化遅れが目立っています。
※2 アドビ『業界別「営業業務のデジタル化状況」を調査』,https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000224.000041087.html
社外との契約がネックに
営業職の処理する主な業務を「社外との契約書」「経費精算」「社内稟議書類」「日報などの報告書」「出退勤記録」の5種類に分け、紙で処理しているか調べたところ、「社外との契約書」については30.5%が「紙の書類に担当者の判子や手書きサインで対応している」、32.0%が「紙の書類に社印で対応している」と答え、62.5%が紙で処理していました。
ほかの業務を紙で処理していた割合は、「経費精算」が52.4%、「社内稟議書類」が45.8%、「日報などの報告書」が40.3%、「出退勤記録」が36.2%です。
やはり、社内だけで完結しない契約書は、デジタル化の推進が難しいのでしょう。
電子署名にもハードル
アドビは、電子署名/電子サインについても調べています。それによると、調査対象5業務のいずれかで電子署名/電子サインを使っている人は、利用メリットとして「テレワークができるようになった」(31.9%)ことをもっとも多く挙げました。
契約を電子契約で行うようにすれば、手続きを電子署名で済ませられるので押印が不要になり、業務効率の改善に直結しそうです。
また、電子署名/電子サインを利用しようとして困ったことの上位は、「取引先で採用されていない(締結を認めていない)」(29.2%)、「取引先が使い方を分かっていない」(26.1%)でした。
ここでも、取引先との関係がデジタル化の足かせになっています。
好循環で一気に普及するか
このように導入の難しい電子契約ですが、利用する企業は増えています。
日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)とアイ・ティ・アール(ITR)の調査(※3)によると、電子契約を利用している企業の割合は、2022年1月時点で69.7%です。2021年1月の67.2%に比べると、利用率がわずかながら高くなりました。
また、「電子契約の利用に向けて準備・検討中」は14.7%(2021年1月調査は17.7%)あり、増えていくことは間違いありません。
実は、ペーパーレス化やDX(デジタルトランスフォーメーション)でも、電子契約導入と同じような現象がみられました。
職場や業務の改革に積極的な企業では、たとえばペーパーレス化のメリットがさらにペーパーレスを推進するといった具合に、好循環が生まれます。DXについては、大企業が取引先にもDX推進を求める結果、中小企業もDXの必要性を認識する、といったことが起きています。
電子契約も、導入した企業がメリットを感じ、取引先に使うよう求める動きが広がれば、避けていても利用を迫られるでしょう。そうなれば、数年後には電子契約が当たり前になっているかもしれません。
※3 JIPDEC、ITR『JIPDECとITRが『企業IT利活用動向調査2022』の速報結果を発表』,https://www.itr.co.jp/company/press/220317pr.html