給与デジタル払い、まもなく解禁? 企業は導入に慎重な姿勢
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給与受け取りもキャッシュレスに
キャッシュレス化が進み、クレジットカードやデビットカードのほか、ICカードやスマートフォンで使える電子マネー決済、PayPayやメルペイに代表されるQRコード決済など、多様な決済手段が提供されています。
こうした社会情勢を受け、厚生労働省(厚労省)は、給与のデジタル払いを解禁しようとしており、2021年度中の開始を目指しています。
実現すれば、電子マネーやQRコード決済口座で直接給与を受け取れるようになります。これは日本の金融サービス市場に大きなインパクトを与えるはずです。
検討中の制度概要と、従業員や企業のメリット、課題をまとめました。
給与デジタル払いってどんな制度?
俗に「給与のデジタル払い」と称されますが、厚労省は「デジタルマネーによる賃金支払い」と呼んでいます。賃金の入金先として、銀行と異なる金融サービス業者「資金移動業者」の口座を選択可能にする制度です。
資金移動業者とは、法律上「銀行その他の金融機関以外の者で、為替取引を業として営む者」とされ、財務局の登録を受けた業者です。プリペイドカードや暗号資産(暗号通貨)は対象外とされ、2020年12月末時点で80事業者あります。
従業員のメリット
現行の法律では、賃金の支払い方法は現金手渡しだけに限られ、銀行振込は例外的に認められているに過ぎません。政府は、この例外に電子マネー口座も加えようとしています。
給与デジタル払いが可能になったら、たとえばQRコード決済サービス用アプリのユーザーアカウントに給与を直接チャージできます。今は銀行口座に振り込まれた給与をアカウントへ入金したり、クレジットカードとひも付けたりする必要がありますが、その手間が省けるわけです。
デジタル払いされた給与は換金性も大事です。提携金融機関のATMで現金として受け取れるようにすることが想定されており、1円単位で、月に1回程度手数料無料で出金できるよう、検討されています。もちろん、銀行の口座へも送金できます。
資金移動業者によっては「ペイロールカード」を発行します。これは、ATMからの現金引き出しや店頭での決済に使えるカードで、キャッシュカードやデビットカードと似た機能が提供される想定です。
このように、給与のデジタル払いといっても表面的な使い勝手は銀行口座と大差ありません。デジタルマネーを多用する人にとっては、利便性が著しく向上するでしょう。
企業のメリットはコスト削減
企業にとっては、コスト削減が大きなメリットです。電子マネー口座への入金手数料は、銀行口座への振込手数料より安い可能性があり、手数料削減効果が見込めるのです。
さらに、支払い回数を月1回だけに限定せず、週1回や賃金が発生する都度など、柔軟な支払い制度へ切り替えられるかもしれません。銀行口座の開設で苦労する外国人の負担軽減もメリットの1つとして挙げています。
現金のやり取りを減らせることも、給与デジタル払いのメリットです。現金の管理コストは意外と大きく、キャッシュレス化によってコスト削減が期待できます。
心配なのは経営破綻やサイバー攻撃
一方、懸念点として、資金移動業者の経営破綻や、サイバー攻撃リスクが挙げられています。
そこで政府は、資金保全を大前提とし、支払われた賃金の全額が確実に労働者へ渡るよう制度を設計中です。
厚労省には、賃金支払先となる資金移動業者を指定する権限が与えられ、要件を満たさない業者の指定は取り消せるようになります。業者の経営破綻に備え、入金済み賃金の総額保証制度も設けられます。サイバー攻撃や不正取引の損失補償も、考慮される予定です。
働く人と企業の受け止めは?
働く人と企業の双方に恩恵をもたらす給与デジタル払いですが、現在どのように受け止められているでしょうか。
若いほど利用意向が高い
働く人の給与デジタル払い利用意向は、NEXERの「日本トレンドリサーチ」が実施した調査で確認できます。
それによると、給与のデジタル払いに「賛成」した人は22.1%、「反対」した人は40.9%で、メリットが多いにもかかわらず利用意向は低い状態です。ただし、「どちらとも言えない」という回答が37.0%あります。制度の詳細が確定なことで、判断しかねた人が多いのでしょう。
利用意向を年代別でみると、若くなるほど好意的に受け止める人が増え、30代以下は「賛成」が34.3%、「反対」が37.1%でした。若い世代は電子マネーやQRコード決済といったキャッシュレス決済サービスを日常的に利用していて、給与デジタル払いの利便性を実感しやすいようです。
なお、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックの影響か、現金に触りたくないから「賛成」する、という意見もありました。
多くの企業は検討前段階
Works Human Intelligenceは、同社の統合人事システム「COMPANY」を利用している法人に対象して、給与デジタル払いの利用意向を調査しました。
給与デジタル払いが解禁されたら利用を検討するかどうか尋ねたところ、以下のように、やはり、現在の情報不足から前向きな姿勢は見られません。
利用検討するか? | 回答割合 |
---|---|
既に検討していて 利用予定 |
0.4% |
検討しているが 利用は未定 |
5.7% |
検討しているが 利用しない予定 |
0.4% |
検討していないが、 これから検討予定 |
20.6% |
検討していないし 利用の予定もない |
72.9% |
利用を検討するところは、給与デジタル払いのメリットをある程度理解しているようです。「銀行振込手数料の削減」(55.2%)、「第2口座等と同様な従業員への便益」(47.8%)といった点を検討するという回答が多くありました。
利用検討の目的 | 回答割合 |
---|---|
銀行振込手数料の削減 | 55.2% |
第2口座等と同様な 従業員への便益 |
47.8% |
イシュアーからのポイント付与による 従業員への還元 |
22.4% |
パートアルバイト等の人材確保 | 15.7% |
給与前払いのしやすさ | 6.0% |
その他 | 20.9% |
2021年度中に解禁?
2020年7月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2020」のなかで、政府は「デジタルマネーによる賃金支払い(資金移動業者への支払い)の解禁」に言及しています。賃金支払いにともなう企業の負担を軽減して生産性を向上させると同時に、キャッシュレス社会の実現を目指す方針にも合致した施策です。
業者が経営破綻した際の保証をどうするかなど、具体的なルール作りはこれから行われます。利用者のプライバシー保護など、解決すべき課題も残っています。
給与デジタル払いにはメリットも多く、銀行口座と同レベルの安全性が担保されさえすれば導入する人は増えるでしょう。
政府は、2021年度のできる限り早期に制度化すると検討しています。作業が順調に進めば、給与デジタル払いは1年以内に解禁され、2年後には当たり前になっている、という状況も考えられるのです。
すでに経費精算の領域では、電子マネー口座への払い出しが行われており、Concur ExpenseがPayPayに、マネーフォワード クラウド経費がLINE Payなどに対応しています。
給与デジタル払いについても、いざ導入するとなると、対応システムが必要になります。今から情報収集しても早過ぎることはありません。